「日本売り」狙われる五輪後本社コメンテーター菅野幹雄 2017/8/4 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のオピニオン面にある「「日本売り」狙われる五輪後本社コメンテーター菅野幹雄」です。





 これからの3年はあっという間かもしれない。

 2020年7月24日に開幕する東京五輪に向け、競技場や高層ビル、交通インフラの建設と改装工事が加速している。10兆円規模といわれる投資が街を変え、世界中のアスリートや観客を迎える準備が進む。

 五輪に関連した官民の投資や消費の上積みで、日本の国内総生産(GDP)は開催までの数年間、年平均で0.3ポイント程度押し上げられるというのが、主要調査機関の共通の見方だ。

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 五輪特需について深入りはしない。指摘したいのは、五輪の「20年」を節目に日本経済が直面する数々の重い試練の存在だ。

 安倍晋三政権は短期の経済活性化策に熱心な一方、中長期の財政や社会保障の青写真をほとんど示していない。

 17年の経済財政運営の基本方針(骨太の方針)を読んでも、3年後に到来する20年代の経済の姿がわからない。まるで丸腰で暗いトンネルに突っ込んでいくかのようだ。

 楽観的な見通しは次々と裏切られている。国・地方の政策経費をすべて税収や税外収入で賄う「基礎的財政収支の黒字化」を目指す20年度の政府の財政健全化目標は達成が極めて困難だ。「19、20年度の2年間で国の政策経費を合計3兆円減らさないと、目標には追いつかない」と大和総研の神田慶司氏は試算している。

 19年10月に予定した消費税率10%への引き上げも、3度目の延期説がくすぶる。首相は10%を超す税率への引き上げにも否定的な考えを示しており、歳入不足の解消もメドがたたない。

 人口の少子高齢化は一段と厳しくなる。25年には第2次世界大戦の終戦後に集中的に生まれた「団塊の世代」が全員75歳以上に達し、医療や介護の費用が大幅に増える。勤労世代の重圧はさらに強まることがみえているのに、抜本的な社会保障改革は手つかずだ。

 日銀も苦闘している。7月に示した「経済・物価情勢の展望」で、2%物価上昇の目標達成のメドを「19年度ごろ」に延期した。20年の五輪後も今の強引な金融緩和が続く可能性が高まっている。

 米中を筆頭に世界景気には不透明感が残る。国内でも五輪前に盛り上がった投資の反動減が20年の前後にやってくる。厳しい現実から政権が目をそらし続ければ、世界からの信用を失う。

 BNPパリバ証券の中空麻奈チーフクレジットアナリストは「東京五輪が終われば日本は『売り』だと、外国人投資家は口をそろえている」と話す。人口減少の逆風を乗り越え、成長機会を増やす中期戦略が日本に足りないことを、海外は見透かしている。

 3日発足の改造内閣で支持率の回復を期す安倍首相。中期的な視野のもとで持続的な成長を目指す路線に軌道を修正するなら、閣僚の顔ぶれが大きく変わるいまが好機になる。

 「財政健全化と社会保障改革を加え、アベノミクスの矢を5本に増やすべきだ」と日本総合研究所の湯元健治副理事長は提案する。

 将来世代に繁栄と安定を支えるレガシー(遺産)をどう残していくか。単なるスポーツの祭典と思われがちだが、五輪のような巨大イベントは人々の心理を動かし、国の勢いを変える力をもつ。

 筆者は06年のサッカーW杯ドイツ大会と12年のロンドン五輪を赴任地で取材した。開催国の人々の間に自信と高揚感が広がっていく様子を目の当たりにした。

 ドイツW杯の前、同国は「欧州の病人」とも呼ばれ、低成長と大量失業にあえぐ苦境にあった。1カ月間の大会を通じ、堅苦しさを自認していたドイツの人々が外国客を友好的に出迎え、自らの可能性と愛国心に目覚めた。

 03年に導入した労働市場などの構造改革がちょうど効果を発揮し始めた時期。W杯の成功体験をバネにした心理の改善が経済復活を後押ししたともいえる。

 英国も変身した。「五輪が開幕すると、すべてうまくいくという雰囲気になる」。12年当時のロンドン市長だったジョンソン英外相は先月、小池百合子東京都知事にこんな体験談を話した。確かに、感情を表に出さない英国人が自国チームに熱狂し、五輪の興奮をもう一度実感したい人々がパラリンピックの会場を埋めた。

 東京五輪も日本人の意識変革を呼び起こす起爆剤になるかもしれない。活路を開くひとつのカギは「国を開く」発想だ。

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菅野幹雄(すげの・みきお) ベルリン支局長や欧州総局(ロンドン)編集委員を経て編集委員兼論説委員としてマクロ経済、欧州問題をカバー。近著に「英EU離脱の衝撃」

 訪日外国人客数は17年1~6月に前年同期比17%増えた。同じペースで増えれば17年は通年で2800万人になる。五輪開催の20年までに4000万人という目標に着実に近づく。

 企業の直接投資を日本に呼び込む戦略も欠かせない。

 英国の巧みな売り込みが印象に残っている。五輪開会式の前日、英政府は外務省の迎賓館に世界各国の経済閣僚、中央銀行や国際機関のトップを招き、英国への投資を呼び掛けるセミナーを開いた。五輪観戦に来た賓客に登壇してもらう一方で、当時のキャメロン首相は「英国への投資を妨げるものがあれば何でも指摘してほしい」と訴えた。

 東京五輪を境に、日本を取り巻く環境はがらりと変わる。20年代に必要となる改革は何かを今から直視し、この3年間にそれを着々と実現していくことが大切だ。成長の土台と安定への備えを正面から築く時期にきている。



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