「1円起業に5万円」の謎 2018/05/18 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の「「1円起業に5万円」の謎」です。





「一円起業、5万円也(なり)」。起業の手続きに必要なこんな手数料について、廃止を訴える内閣官房と必要と主張する法務省が昨秋から対立してきた。結果は存続で固まり、法務省に軍配。首相官邸の人事権を背景に各省を動かす手法が、法曹界を後ろ盾にする法務省には通用しなかった。

(画像:起業時は定款認証を受けるため公証役場に出向く必要がある(東京都品川区))

起業の手続きを巡る議論の発端は、安倍晋三首相が打ち出した「世界で最もビジネスしやすい国」づくりだ。成長戦略で「日本のビジネスのしやすさを20年までに先進国で3位以内にする」との目標を掲げてきた。

経済人から不満

世界銀行によると、日本の順位は2013年には経済協力開発機構(OECD)加盟35カ国中15位だった。あれから5年後の順位は24位。目標に近づくどころか、一段と遠のいた。とりわけ見劣りするのが32位の評価に沈んだ「法人設立のしやすさ」。日本は手続きが煩雑なうえに、登記などに時間がかかる。

政府は昨年9月に検討会を立ち上げ、法務局への登記や税務署への設立届などを1回でまとめるといった改善点をまとめた。一方で政府内で対立が深まったのが、公証制度を巡る問題だ。

公証制度は遺言書や不動産売買などの重要な契約書について、公証人が公正証書などで内容を証明する制度だ。株式会社をつくるには、会社の目的や組織、運営に関するルールを定めた定款の認証を公証人から得なければならない。

これに、1回当たり一律5万円の手数料がかかる。資本金1円の株式会社でも5万円だ。

起業したことのある経済人からは不満が多い。「超アナクロ的な現状は絶対に変えるべきだ」。3月30日、官邸で開いた未来投資会議。民間議員の金丸恭文フューチャー会長は公証制度の「面前確認」と「手数料5万円」を批判した。

経済界の声を反映し、内閣官房は改革の原案をつくった。標準的な項目を記載した定款に電子署名を付けてオンラインで申請すれば、公証人の認証手続きを撤廃するという案だ。これに対し、公証制度を所管する法務省が「暴力団などの反社会勢力が隠れる法人が増えかねない」と反発した。

元検事が多く

同省は撤廃の代わりに「スマホなどを通じた画像や音声でのやりとりも認める」という案を示した。将来は、公証人にオンラインで送った定款のデータを法務局に転送するシステムもつくる。

この見直しで、公証役場に出向く義務はなくなる。だが、それでも5万円の手数料は手つかずに終わった。日本公証人連合会の大野重国理事長は「会社法の改正などに応じて公証人の研修を重ねたり、電子定款システムのセキュリティー対策を施したりするなど投資負担は軽くない」と語る。

今回の見直しで壁となったのは、中央官庁の中では特殊な法務省内の法曹関係者の存在だ。

多くの公証人は裁判官と検察官のOBだ。内閣官房の資料によると、東京法務局に所属する指定公証人は103人で、裁判官が45人、検察官が58人。手数料を減らしたりなくしたりすれば、裁判官や検察官の再就職先の収入が減ってしまう。

制度を所管する法務省の幹部ポストには検察官や裁判官からの出向者が多い。公証制度の見直しを担当した民事局も、幹部6人のうち5人は裁判官出身者だ。

ある法務省の政務三役経験者は「検察庁や裁判所からの出向者は法曹界の利益を優先しがちだ。一方で官邸の人事権は及びにくい」と語る。他の省庁の職員と異なり、人事を恐れて官邸の意向に従う雰囲気にならない。

手数料が5万円になったのは1993年。額の根拠ははっきりしない。内閣官房は定款認証による手数料収入が年50億円あり、公証人1人あたりの収入が約1000万円とはじく。ある関係者は「法務省の願いは手数料の死守だった」と話す。

日本の開業率は6%で、10%台の米英レベルは遠い。日本は親会社と子会社で税務や社会保険の手続きをまとめるのが法的に難しく、社会保険労務士などの既得権になっているとの指摘もある。5万円の手数料すら見直せない現状では、「ビジネスをしやすい国」は遠のくだけだ。

(川手伊織、白岩ひおな)



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