あるべき経済対策とは(下)所得・資産の再分配進めよ 中間層の底上げ急務 森信茂樹 中央大学教授 2016/04/21 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「あるべき経済対策とは(下)所得・資産の再分配進めよ 中間層の底上げ急務 森信茂樹 中央大学教授」です。





 安倍政権の経済政策「アベノミクス」が始まって3年がたつ。実質経済成長率は平均で0.6%と民主党時代の3年間平均の2%を下回る。主因は個人消費の低迷にある。

 これに対し、消費税率8%への引き上げが原因とする説が見受けられるが、既に増税から2年がたっており、最近の消費低迷の要因は消費増税とは別なところにあると考えるべきだろう。家計調査をみると実収入の伸び悩み・停滞とともに、平均消費性向の低下が消費の低迷に拍車をかけている。背景には、消費者の将来不安による消費態度の慎重化があると思われる。

 小塩隆士・一橋大教授が2015年の家計調査を使ってアベノミクス前後の所得・資産の分布を比較した分析をみてみよう。アベノミクス後は年収400万~700万円の層が薄くなり、その両脇(400万円以下と700万円以上)の層が厚みを増すという、所得分布の二極分化、中間層の崩壊が顕著に表れている。

 この傾向は資産(貯蓄)についても同様で、アベノミクス以降、中程度の貯蓄残高の層の比率が低下し、貯蓄残高3千万円以上の層の比率が上昇している。こうした所得・資産の二極分化の要因としては、正規雇用と比べ賃金水準の低い非正規雇用者の増大、アベノミクスに伴う株高の恩恵の偏りなどが考えられる。

 この事実はアベノミクスで想定したトリクルダウン(浸透)現象、つまり円安による企業収益改善が賃金や設備投資の増加につながり、中小企業や地方経済に波及していくという「成長と分配の好循環」が生じていないことを示す。

 経済協力開発機構(OECD)統計で所得分配の不平等度を示すジニ係数を比較すると、わが国は税・社会保障前ではそこそこ平等な国だが、税・社会保障後では不平等な国の部類に入る。つまり税と社会保障の所得再分配度が、先進国中最も低い部類に属しているのである。

 以上みてきたように、最近の消費低迷は、格差拡大による中間層の崩壊という現象などを反映しており、将来不安を背景とする消費性向の低下が主因といえる。こうした状況下で、経済対策として一時的な商品券の配布や年金生活者へのバラマキ給付をしても効果はなく、税金の無駄遣いというべきだろう。

 今必要な政策は、わが国の経済社会をこれ以上二極化しない所得・資産の再分配政策である。「負担に余裕のある層」から「そうでない層」への所得再分配・格差縮小が経済成長にプラスに働くことは、国際通貨基金(IMF)やOECDの多くの研究成果が証明している。単純に考えても、所得の割にあまり消費しない高所得者から、消費割合の高い低所得者への所得移転は、消費拡大効果を持つ。

 ではどのような再分配が必要なのか。わが国の所得再分配度が国際的にみて低い最大の原因は、税だけでなく社会保険料にある。定額の国民年金保険料は逆進性があり、厚生年金も賦課方式の下で、今年負担する中低所得勤労者から今年受給する富裕高齢者へと所得移転がなされている。

 このことを念頭に置くと、望ましい所得再分配は、負担余力のある「富裕高齢層」から「中低所得勤労者」への移転ということになる。

 「富裕高齢層」を象徴するのは、株式譲渡益や配当といった金融所得だ。これに対しては勤労所得と分離して課税する税制となっており、その税率は13年は10%で、14年には20%に引き上げられた。

 図は13年と14年の申告納税者の所得税負担率をみたものだが、どちらも合計所得金額1億円のところでピークをつけている。その理由は、富裕層に多く発生する株式譲渡益や配当の税率が、勤労所得の最高税率(14年までは40%、15年以降は45%)より低いことから生じている。金融所得の税率が14年に20%へ引き上げられた後も、1億円を超えると所得税負担率が低下していく構造は変わっていない。

 そこで金融所得の税率をさらに5%程度引き上げることが考えられる。アベノミクス以降の株高で潤う富裕層の資産から生じる所得への税負担を増すことは、所得・資産双方の公平な分配につながる。

 もう一つ理由がある。株式譲渡益や配当など金融所得の源泉は法人利益だが、法人税率はアベノミクスの下で7%以上引き下げられている。それと辻つまを合わせる形で個人段階で生じる金融所得の税率を引き上げることは、税理論として十分な理屈がある。現在20%で4兆円強の金融所得税収があるので、税率を5%上げると機械的な計算では1兆円程度の増収となる。

 その際重要なのは、税率引き上げによる株式市場への影響が、勤労者の資産形成や年金運用に波及しないようにすることだ。未成年者向けも含めた少額投資非課税制度(NISA)の拡充・恒久化とセットで進める必要がある。

 次に負担の軽減はどうすべきか。対象は中低所得の勤労世帯だ。こうした世帯では収入から税・社会保険料を除いた可処分所得がここ10年以上低迷している。原因は消費税も含めた税負担の増加というより、年金や医療保険など社会保険料負担の増加にある。

 経団連の試算では、14年度の1人当たり現金給与総額は564万円で、12年度より11万円増えているが、そのうち社会保険料負担が5万円増えたので、手取りの増加額は6万円にすぎない。この社会保険料負担が20年にはさらに15万円程度(勤労者1人当たり)増えると予想されている。税と社会保険料を合わせた負担軽減を考える必要がある。

 具体的な方法としては、税と社会保険料の負担を合わせて軽減するオランダ型の「勤労税額控除」の導入が考えられる。税と社会保険料負担を一定割合で減額(相殺)する方式をとっているため、執行コストが低いという利点がある。わが国でもこの方式を導入するには、税と社会保険料の徴収一元化を進め、社会保障と税の共通番号(マイナンバー)を活用して所得を把握する必要がある。

 こうした政策は、生活保護の受給を減らすだけでなく、勤労インセンティブ(誘因)を高める効果がある。わが国では、年収が130万円を超えると社会保険料負担が生じるため就労調整をする「130万円の壁」が課題となっており、この打開にもつながる。

 この政策を実現するには時間がかかる。そこでまずは400万~500万円の中低所得勤労世帯の税と社会保険料の負担を軽減する給付からスタートしてはどうか。順次マイナンバーの普及とともに、子どもの数に応じた給付(児童税額控除)に発展させていくことも検討すべきだ。

 政府が担う重要な権能の一つは、税制と社会保障を活用した所得再分配だ。所得再分配には損得が生じるので、政治家は避けたがる。だが経済界に設備投資の増額や賃金引き上げを要請するだけでは、効果も限定的で持続的な経済成長はおぼつかない。

 負担に余裕のある高所得者層(とりわけ富裕高齢層)の負担を引き上げ、ワーキングプア層を含む中低所得者の税・社会保険料負担を軽減し、勤労意欲の増大を通じて中間層の底上げを図る政策こそが、今求められる経済対策だ。

 最後に社会保障財源である消費税率を、法律通り引き上げて社会保障を充実させる政策が所得再分配政策として重要なことは言うまでもない。

〈ポイント〉○所得分布が二極化し中間層の崩壊が顕著○金融所得の税率はさらに5%程度上げよ○オランダは税と社会保険料合わせて軽減

 もりのぶ・しげき 50年生まれ。京大法卒、旧大蔵省へ。阪大博士(法学)。専門は租税法



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