けいざい解読 東南ア、溶けた「反日」 円高・デフレが触媒 2015/08/09 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合・経済面にある「けいざい解読 東南ア、溶けた「反日」 円高・デフレが触媒」です。





 東南アジアから日本を訪れる観光客が急増している。今年1~6月に主要国からの旅客数は前年同期に比べて15~60%増えた。円安や観光ビザの発給規制緩和が直接の原因だが、この地域の人々が日本を見る視線が変わったことも見逃せない。

 ジャカルタで反日暴動、日系企業次々襲う――。1974年1月16日付日本経済新聞1面トップ記事の見出しだ。田中角栄首相(当時)のインドネシア訪問に反対する市民が暴徒化し、日本車が焼き打ちされる事態に発展した。同じ時期にタイでは日本製品不買運動が広がった。

 当時は第2次世界大戦中に日本がシンガポールやマレーシアを占領した記憶が生々しく残っていた。そして終戦後の輸出攻勢は「経済侵略」と反発を受けた。

 それから40年。外務省が東南アジアで昨年実施した意識調査では「日本を信頼できる」と答えた人が9割を超えた。街には日本ブランドの製品があふれ、若者のデートの定番コースは和食店だ。

 根深い不信を溶かした要因は何か。地道な外交努力や民間の交流拡大が大きな役割を果たしたことはいうまでもない。だが、それとは別に大きな触媒がある。日本経済を見舞った2つの激震だ。

 最初の転機は85年のプラザ合意に伴う円高の進行だ。価格競争力の低下に直面した日本企業はタイやマレーシアに工場を移した。タイのバンコク日本人商工会議所の会員企業は85年に394社だったが89年には696社に急増した。その後も右肩上がりで、2015年は1615社に達する。

 プラザ合意後に東南アジアに進出した日本企業は、自動車や電機関連の付加価値が高い製造業が主流だ。雇用の吸収を通じて各国の都市化を後押しし、この地域の急速な経済成長を支えた。

 日本との経済格差をみると理解しやすい。タイの1人当たり名目国内総生産(GDP)は85年時点で日本のわずか6.5%だったが、今は15%にまで上昇した。シンガポールは2000年代後半に日本を超えた。日本企業の進出を通じて日本と東南アジアの共存関係が強まり「一方的な搾取」との批判が薄れた。

 もう1つの転機は日本を覆ったデフレだ。日本は消費者物価が伸び悩み続け、85年に1杯370円だった吉野家の牛丼は今でも380円にとどまる。一方で東南アジアは賃金上昇が続き、現地管理職の給与水準は95年から5割以上上がった。豊かになった消費者にとって日本は物価高の国ではなくなっている。

 80年代に日本に留学したシンガポール人男性は「高い外食を楽しむ日本人がうらやましかった」と振り返る。だが今は「何を食べてもシンガポールより安い」。かつての「反日」の背後にあった高い生活水準への羨望と反発は薄れた。

 日本経済が低迷を続けた大きな要因は長引く円高とデフレだ。だが、その見返りに東南アジアからの「友情」を勝ち得た。いま日本は過度な円高修正を背景にデフレからの脱却に動き始めた。東南アジアとの共存を深める新しい青写真を描く時期が来ている。

(シンガポール=吉田渉)



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