アジアの安定日本に責任 2016/03/29 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の1面にある「アジアの安定日本に責任」です。





 日本の安全保障路線は新しい時代に入った。意識するしないにかかわらず、これは世界の変化に迫られたものだ。

米の役割が変化

 オバマ政権は「米国は世界の警察官ではない」と公言し、その通りに行動している。

 米国防総省ブレーンによると、南シナ海で人工島を広げる中国をけん制するため、米軍首脳は昨秋以降、艦船や軍用機のさまざまな派遣案を進言してきた。だが、ホワイトハウスにことごとく却下されているという。

 中国との衝突を避けたがっているだけではない。米国が単独で行動するより、アジアの国々に関与を促すことが先決だと信じているのだ。

 これはオバマ政権に限ったことではない。共和党の大統領候補であるトランプ氏は、日韓が駐留経費の負担を大きく増やさないなら、米軍を撤収させると主張する。

 「彼の発言はめちゃくちゃだが、戦争に疲れた米世論の一部を映している」(共和党関係者)

 米ソ冷戦の終結から四半世紀。米国には独りで警察役を担う余裕も、理由もなくなった。米国に頼りきりで日本の平和を守れた時代は、幕を閉じた。ならば、米国の役割の一部をみなで分担し、治安を守るしかない。

 「これからは国内総生産(GDP)の2%を国防費に割いていく」。英国のファロン国防相は取材にこう語った。日本の約2倍の比率だ。

 米国といちばん緊密な英国ですら、強い同盟を保つには自助努力を増やすしかないと感じている。こうした世界の潮流を考えれば、日本の選択は理にかなうものだ。

 安全保障関連法は違憲だという批判がある。だが、日本が集団的自衛権を使えるのは、国の存立が危うくなったときだけだ。憲法が認める範囲内といえるだろう。

 もっとも、この法制を使って自衛隊の活動を広げるまでには、やるべきことがたくさんある。

 まず、「どんなとき、どこまで」自衛隊を出すのか、基準はかなりあいまいだ。このままでは世論の理解はなかなか広がらないだろう。

政治の判断重く

 朝鮮半島や東シナ海、南シナ海でどんな事態になれば、派遣が認められるのか。政府は抽象的な法律の規定をおぎなう基準をつくり、できる限り国民に説明すべきだ。

 より危ない任務をになう自衛隊は入念な準備が欠かせない。「いちばん大事なのは新たな行動基準を徹底し、とっさに行動できるよう訓練することだ」。イラクの復興支援を経験した自衛隊幹部は、こう強調する。

 そのうえで、肝に銘じなければならないのは、政治家の責務がかつてなく重くなることだ。自衛隊派遣の法的なハードルが下がる分、政治家には極めて高い判断力と責任感が求められる。

 「夜も眠れなかった」。国際貢献に自衛隊を送りだしたことがある元閣僚は、現地の情勢が緊迫したときの日々をこう語る。戦場に近い所に部隊を派遣するとなれば、重圧はこの比ではない。

 国民が「この人の決断なら間違いない」と安心できるリーダーでなければ、この法制は機能しない。最高指揮官である首相は当然として、派遣の「承認権」を委ねられた国会議員も同じだ。

 軍事カードがないから外交力が弱い。政治家や官僚はこう言ってきた。今後は軍事力を使わずにすむためにこそ、外交がさらに大切になる。アジアの安定に日本が負っている責任を、忘れてはならない。

(編集委員 秋田浩之)



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