アジアひと未来 異邦人が変える(2)負の歴史みつめ 明日導く 2016/06/06 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の1面にある「アジアひと未来 異邦人が変える(2)負の歴史みつめ 明日導く」です。





 「殴り殺すと血の臭いがひどいから、針金を使うことにしたんだ」。かつて民兵組織を率いた男はカメラの前で友人の首に巻いた針金を引っ張るまねをし、当時の殺害の手口を悠然と解説した。

 東西冷戦下の1960年代にインドネシアで起きた大量虐殺事件。クーデター未遂の背後に共産勢力がいたとする軍の扇動下で、100万人規模が命を奪われた。遺族は口をつぐみ、事件は記憶の底に封じ込められた。

 2012年、米国人の映画監督ジョシュア・オッペンハイマー(41)は当時の加害者に虐殺のもようを再現させる異色の記録映画「アクト・オブ・キリング」を発表。世界で60以上の賞を獲得し、14年の米アカデミー賞候補にも選ばれた。

 ユダヤ系のオッペンハイマーにとって大虐殺は他人事ではない。「幼い頃、父から童話のシンデレラより先にナチスドイツのホロコーストの話を聞かされた」。映像の道に進んだ彼がインドネシア現代史の「闇」と向き合う契機は15年前だ。

 スマトラ島のパーム農園で殺虫剤の健康被害に苦しむ女性労働者を撮った。彼女たちは会社に防護服支給を求めたが、軍関係者からの圧力で諦めざるを得なかった。「家族を殺した連中にずっとおびえて生きているの」。彼女らの訴えで初めて虐殺の史実を知った。

 03年、スマトラ島に戻って遺族を訪ね歩くと、軍に拘束され撮影機材を調べられた。遺族の一人がつぶやいた。「加害者に話を聞いてみては」

 手を下した者たちは罰を受けるどころか、共産主義から国を守った英雄として暮らしていた。加害者に近づき、1年かけて習得したインドネシア語で信頼関係を築いた。

 41人目に会い、主人公に据えた初老の男は「何百人も殺した」と得意げだった。が、撮影終盤に昔の殺害現場で激しく嘔吐(おうと)した。「怪物ではない。自分と同じ人間だ」。そう感じた。

 大虐殺と並行し、容共派の初代大統領スカルノは軍に実権を奪われ失脚した。「ママも絶対見るべきよ」。夫人のデヴィ(76)は娘から薦められた。「真実を明らかにしてくれてありがとう」。オッペンハイマーを夕食に招き、礼を言った。

 14年には兄を殺された弟が加害者を訪ねる続編を制作。遺族が政府に真相解明と補償を求める活動も始まった。だが昨年、過去の人権侵害を認めようとした大統領のジョコ・ウィドド(54)に軍が反対の声を上げ、謝罪表明は取り下げられた。

 「我々も共犯者」とオッペンハイマーは言う。欧米や日本は虐殺の事実に目をつむり、反共を唱えた軍出身の2代目大統領スハルトを支えた。

 アジアはかつて国民の政治権利を制限し、経済成長を優先する「開発独裁」で発展した。豊かになった人々は、次は民主化を求める。ただ独裁下の「不都合な記憶」に蓋をし、過去の清算を置き去りにしては、未来へ進めない。「古傷をえぐってでも、勇気を持って立ち止まらないと」。オッペンハイマーの言葉は、発展へとひた走るアジアへの警鐘だ。(敬称略)



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です