アジアひと未来 異邦人が変える(4) さらば舶来 豊かさ再発見 2016/06/10 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の1面にある「アジアひと未来 異邦人が変える(4) さらば舶来 豊かさ再発見」です。





 香港で不動産会社、蘭桂坊(ランカイフォン)集団を経営するアラン・ジーマン(66)の電話が鳴ったのは2003年夏だった。相手は当時の香港政府トップの行政長官、董建華(78)。「香港海洋公園の会長を引き受けてほしい」。戸惑うジーマンに切り出した。

 海洋公園は1977年に開業した水族館や動物園を備える公営テーマパーク。香港ディズニーランドの開業を2年後に控え、赤字と老朽化で閉園の瀬戸際に立っていた。

 6度目の董からの電話に現場の視察には渋々応じた。だが山の中腹の遊園地に向かうケーブルカーに乗り込むと、南シナ海を一望する立地の良さに驚き、再建を確信する。「天下りにやらせるくらいなら私がやる」

 ドイツ生まれのユダヤ系カナダ人。19歳で衣料品ビジネスを起業し、仕入れ先だった香港に26歳で移住した。83年に倉庫街だった蘭桂坊に開いた米国風レストランバーが評判を得た。周辺不動産を次々取得し、人気スポットに変貌させた。董もレストランの客だった。

 ジーマンがまず手を打ったのが経営陣の刷新。最高経営責任者に呼んだのは欧州でテーマパーク開発の経験が豊富なトム・マーマン(56)だった。

 「アランは面接した2分後に即決してくれた」(マーマン)。ジーマンが彼に言い含めたのは西洋の模倣ではなかった。「ディズニーは舶来品。俺たちはローカルで行くぞ」。志向したのは中国文化を意識したアトラクションづくりだ。海が少ない中国大陸で「ロマンチックな生き物」と人気のクラゲの展示館を立ち上げ、レストランでは中華ちまきを用意した。

 55.5億香港ドル(760億円)の投資計画を政府や銀行に売り込み、初の記者会見には自らクラゲのコスチュームで現れた。思惑通り翌日の香港各紙の1面を独占した。

 広東省深圳に住む張雨欣(26)は「ディズニーランドは2度目に飽きたが、海洋公園はいつも新しい驚きがある」。入園者数は年700万人超と10年間でほぼ倍増し、香港ディズニーを上回り続ける。いつしかジーマンは「(ミッキー)マウスキラー」の異名をとる。

 08年にはカナダ国籍を捨て中国に帰化した。香港の親中政党、新民党主席の葉劉淑儀(65)は言う。「北京政府も彼を信頼し助言を尊重する」

 いまは米企業や中国ファンドと組み、上海で大型複合施設「夢中心」の開発を手掛ける。「中国で商機を得るならもはや欧米文化を押しつけても駄目。地元の文化を取り込むことだ」。今度は中国本土で上海ディズニーに挑む。

 中間層が急速に膨らむアジア。豊かさは価値観の多様化をもたらし、かつてのように米欧のモノやサービスを持ち込めば、事足りる時代は曲がり角を迎えた。アジアの中に眠る価値をどう再発見し、世に問い直すか。「青い目の中国人」の成功物語はそんなアジア消費の潮目の変化を映す。

(敬称略)



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です