インテルの戦略(1) メモリからの撤退 財務のルールで資源シフト 2015/08/18 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のキャリア面にある「インテルの戦略(1) メモリからの撤退 財務のルールで資源シフト」です。





 米インテルの歴史は3つに分けられます。第1期は1968年から85年までの「メモリ企業」の時代、第2期は85年から98年までの「マイクロプロセッサ企業」の時代、第3期は98年から始まった「インターネット関連企業」の時代です。

 本書には、同社が経営環境の変化に対して、どのように戦略を再構築していったかが克明に描かれています。その中で変われたところと変われなかったところ、およびその理由に迫っています。

 第1の転換点は80年代に起こったメモリからマイクロプロセッサへの主力製品のシフトです。メモリ企業の時代のインテルの強みは、歩留まりを改善するためのプロセス技術や製造技術でした。ところが、そこにかかる投資が巨額になるにつれて、強みはニコンのような製造装置メーカーへと移っていきました。

 マイケル・ポーターの5つの力に即していえば、装置メーカーへのパワーシフトが起こったのです。それが装置を購入してノウハウを獲得した日本の半導体メーカーの台頭をもたらしました。

 結果、インテルはメモリからの撤退を余儀なくされます。それまで強みとしてきたものを諦めることは容易ではなかったでしょう。元最高経営責任者(CEO)のアンディ・グローブは「生死を賭けた土壇場になってはじめて、目の前の現実が、長年信奉してきた信条を打ち破るに至った」と述べています。

 幸いインテルはマイクロプロセッサへの資源シフトに成功します。これを実現したのは経営陣ではありませんでした。「ウエハー1枚あたりの収益性を最大化する」というファイナンス部門が決めたルールが、より採算性の高い製品に製造能力を割り当てたのです。

 ただ、この時点ではまだ自社を「事務機や医療機器など向けに半導体部品を提供する会社」とみており、パソコンにおいて覇権を握る会社になることまでは想像できていませんでした。



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