オピニオン 起業大競争と内向き日本 本社コメンテーター 村山恵一 2017/4/7 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のオピニオン面にある「オピニオン 起業大競争と内向き日本 本社コメンテーター村山恵一」です。





 日本の産業界を取材していて感じるここ数年の変化は、起業機運の高まりだ。IT(情報技術)分野を中心に、面白いスタートアップ(創業間もないベンチャー企業)に出合う機会が増えた。

 ジャパンベンチャーリサーチの調査では、2016年の国内ベンチャー投資額は2030億円と過去最高。起業家が投資家や大企業と交流する催しも日々ある。

 かつてベンチャー不毛の地といわれたことを思えば前進だ。しかし喜んでばかりもいられない。世界のダイナミックな動きと比べたとたん、日本はかすんでしまう。

 3月半ば、米半導体大手のインテルが約1兆7千億円の巨額買収を発表した。対象はイスラエルのモービルアイ。自動運転を実現する画像処理を得意とする。

 イスラエルは「スタートアップ国家」と呼ばれる。IT教育が充実し、軍事関連のハイテクの蓄積が厚く、起業が盛ん。モービルアイのような新興勢力が育つ。

 そんな環境に注目した起業支援会社サムライインキュベートは14年、イスラエルに拠点を設けた。人工知能(AI)や情報セキュリティーなどの約30社に投資する。

 「イスラエルは日本の20年先をいく」と榊原健太郎代表取締役。自動車や部品など日本の大手メーカーが同国に出かけ、スタートアップと技術やサービスを共同開発する動きが活発だという。

 イノベーションのハブ(中心)といえば米シリコンバレーが真っ先に思い浮かぶが、足元で進行するのはハブの多極化だ。

 ドローン(小型無人機)生産の世界最大手、DJIの本拠地として知られる中国・深?。秋葉原の何十倍もの規模でさまざまな電子部品が売られ、少量でも製品を生産してくれる工場がひしめく。身に着けるウエアラブル機器からロボットまで、アイデアをすぐ製品化できると世界の起業家が集う。

 ハードウエア系スタートアップを支援する投資会社のプログラム「HAX」にこれまで参加した134社の出身地域は北米50%、欧州25%、中国15%と多彩だ。

 中国とともにシリコンバレーへの技術者の供給源だったインドでも、人の流れが変わりつつある。中間層の増加をチャンスとみて母国で起業する人が増えている。

 ハブは「インドのシリコンバレー」の名を持つ南部のバンガロールだ。IT人材の数は20年に本家を抜くとの試算もある。例えば家庭用ネット機器会社を創業したアミット・プレミー氏は、シャープを買収した台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業から出資を受けた。

 世界が開発を競うAIやロボットで主導権を握れるかは将来の国力そのものを左右する。過去20年、ネット空間での競争はシリコンバレー勢が圧勝したが、あらゆるモノがネットにつながる「IoT」などリアル空間を巻き込む次なる争いはこれからが本番だ。

 ハイテク競争からは遠ざかっていた印象のフランスも名乗りを上げた。税制優遇や資金援助などで起業を促す政策「フレンチテック」に力を注ぎ、凝ったデザインのIoT機器のスタートアップなどが台頭する。1月の米家電見本市には188社が出展した。

 パリでは近く、1千社が入居できる世界最大級のスタートアップ施設がオープンし、海外の起業家も受け入れる。花の都が「起業の都」への変身に挑む。

村山恵一(むらやま・けいいち) 産業部で電機、自動車、医療などを担当。シリコンバレー支局長、編集委員兼論説委員などを務めた。IT、スタートアップをカバー

 翻って日本。「変化のスピードについていかないと、成長できない」。安倍晋三首相がシリコンバレーを訪れたのは2年前の春だった。フェイスブック本社などを視察し、起業の重要性を訴えた。起業家を米国へ研修に送り込むなどしてきたが、世界では影が薄い。

 未上場ながら企業価値が10億ドル(約1100億円)以上に膨らみ「ユニコーン」と呼ばれる有望ベンチャーは米中に集中する。日本勢は物品売買アプリのメルカリだけだ。資金や人材の確保が容易でスタートアップが発展しやすい場所のランキングを見ると、20位までにシリコンバレーやロンドン、バンガロールなどが並ぶが、東京や大阪は蚊帳の外だ。

 カナダで起業し、HAXに参加する数少ない日本人である藤本剛一氏は言い切る。「日本にいては世界が見えない」

 何が問題か。スタートアップの専門家たちの指摘は大きく2つに集約される。まず起業がIT関連に偏り、ゲームアプリなどで「そこそこ成功する」パターンが定着したこと。そして「有名大卒で金融機関出身」といった最近主流の優等生起業家はプレゼン上手でそつがないが、ここ一番でリスクをとれないということだ。

 要はアニマルスピリット不足で内向き志向。10兆円ファンドを設け、鼻息荒い孫正義ソフトバンクグループ社長のような存在もいるが「日本を代表する起業家」といえば常に孫氏が脚光を浴びる状況は、層の薄さの反映でもある。

 目を凝らせばiPS細胞から人工血液をつくるメガカリオン、合成クモ糸繊維のスパイバーなど世界を目指す個性派スタートアップは少なくない。日本の強みが生きる生命科学や素材などの領域は起業の伸びしろが大きいはずだ。

 06年のライブドア事件でベンチャー軽視の空気が広がったものの、そんな冬の時代を乗り越え、起業は着実に増えている。ただ過去最高とはいえ、日本のベンチャー投資額は他の主要国に比べるとなお少ない。せっかくの芽も世界から隔絶された「温室栽培」では強く育たない。こぢんまりした起業では世界は変えられない。



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