グローバル化の将来は 2018/06/05 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の「グローバル化の将来は」です。





経済活動のグローバル化は、世界経済の成長をもたらし、先進国だけでなく中国、インドなど新興国の急速な台頭を支えた。その一方で、格差拡大などグローバル化への不安も根強い。グローバル化の将来について、国際貿易を長年研究してきたジュネーブ国際高等問題研究所のリチャード・ボールドウィン教授に聞いた。

――これまでのグローバル化の歩みをどうみますか。

「グローバル化の第1波は(蒸気エネルギーが普及する)1820年ごろに始まり1990年ごろまで続いた。第1波は主にモノの取引の国際化だった。日本で言えば(トヨタ自動車本社に近い)名古屋圏に産業集積が進み、それが自動車産業の競争力を高めた。輸出が増えると、さらに集積が進んだが、技術革新は国内にとどまった。国境を越えた伝達が難しかったからだ」

「これで(日米欧の)先進国がいち早く工業化し他の国々が停滞する、大いなる分岐(グレート・ダイバージェンス)が起こった」

「1990年ごろから逆転が起こった。中国、インド、インドネシアのような新興国が先進国よりも速い成長をとげるようになった。第2波のグローバル化は先進国と新興国の所得格差を縮める方向に動いており、これを私は大いなる収れん(グレート・コンバージェンス)と呼んでいる」

「その背景には、1980年代から始まったICT(情報通信技術)革命で、国際的な協働がしやすくなったことがある。企業は生産工程の一部を近隣の低賃金国に移し、自社の技術も移転するようになった」

「トヨタ自動車も生産技術をタイなどに移転した。これがグローバル化の性質を大きく変えた。日本の技術がタイの労働と結びついたのだ。知識が北(先進国)から南(途上国)に流れ、南の所得が北よりも高い伸びを示すようになった」

――その次の第3のグローバル化の到来を予想していますね。

「グローバル化は(価格差を利用して稼ぐ)裁定取引だ。第1次はモノ、第2次は技術ノウハウ、そして第3次は労働サービスの裁定取引だ」

「今はサービス労働の多くは1つの国の中で行われているが、それが国境を越えていくのが第3のグローバル化だ。私はこれを(遠くと移民の合成語の)『テレマイグレーション(Telemigration)』と呼んでいる」

「要するに在宅勤務が国際化するということだ。日本でも企業は在宅勤務の活用で労働力不足を補おうとしている。デジタル技術の深化で遠隔地から仕事に参加することが可能になった」

――それはどのように行われるのですか。

「私はロンドンでウェブサイトを運営しているが、その編集はバンコクでやってもらっており、コストはロンドンより35%安い。フリーランスのサービス労働者を仲介する『アップワーク』というウェブサイトを通じて採用した。サービス労働のイーベイのようなものだ」

「こうしたウェブサイトは増えており、世界の多くのフリーランス労働者が登録している。ネットを通じて求人、面接、採用、賃金支払いも完結する。フィリピンなどは大学を卒業しても職のない人を支援するために国家戦略としてサービス輸出を始めた」

「これまでグローバル化は製造業、農業などモノの世界で、サービス産業の多くは隔離されてきた。今後は遠隔操作でサービス業に従事するフリーランサーが国際化するだろう」

――働く人にどのような影響をもたらすのでしょうか。

「教育が高い人によいとも限らない。要はその仕事が遠隔操作やネット上でできるかどうかだ。レストランや工場で働く人やバスの修理をする人は遠隔操作では働けない」

「次のグローバル化は、経験や知識によって働く医師、弁護士、学者など高学歴・高所得の仕事にも影響する。ケニアの医者が、ネット上で英国の患者に医療相談サービスを低料金で提供するといったことが起きるだろう」

――新たな国際ルールは必要になりますか。

「ネット上で行われる国際取引を止めるのは、中国のような厳しい規制をしない限り難しい。ただ、最低賃金、労働基準や課税の問題は生じるので、国際合意が必要になるかもしれない。域内の人の移動を自由にした欧州連合(EU)では、国を越える労働者の課税や労働基準のルールがあるので参考になる」

――政府の役割をどうみますか。

「ある人が勝者となり、ある人は敗者となるのは、グローバル化の常だ。政府の役割は、敗れた人々が職を移動できるように、所得支援や職業訓練、求職支援をするといったことだ」

――グローバル化への反発の動きも出ています。

「反グローバル化の動きは誇張されている。反移民と反グローバル化を混同すべきではない。欧州で起きているのはシリア、リビアなどからの難民によって広がった反移民感情で反グローバル化ではない」

「米国では反グローバル化の感情は確かにある。米国の製造業は25年以上にわたり自動化とグローバル化に苦しんできた。米政府は彼らがそれに順応するのを支える政策をとってこなかった。所得格差が拡大し、特に低学歴の男性に問題が集中した。しかし、米国もグローバル化の流れを逆転させるのは難しいだろう」

――日本の新たなグローバル化への対応力は。

「私がいつも驚かされるのは、日本ではあらゆる職業の人が自分の仕事に真剣に向き合っていることだ。世界の富裕層は高価でも質の高いサービスを求めている。誠実で信頼できる質の高いサービスがある日本は、サービス輸出でも勝者になれると思う」

――日本のサービスの質が高くても、英語能力など言葉の壁があります。

「自動翻訳の発達で言葉の壁の問題も解決できるだろう。自動翻訳はモノとサービスの貿易の世界も変えると予測している。統計的にみても、言語が共通な国との間の貿易は、そうでない国の間のおよそ2倍だ。言語障壁がなくなると貿易は活発になる」

スイスから貿易問題の提言 Richard Baldwin  ポール・クルーグマン教授の指導の下、1986年にマサチューセッツ工科大で経済学博士号を取得、90~91年にブッシュ政権で米大統領経済諮問委員会シニアエコノミスト。91年からスイスに移り現職に。2016年からは英シンクタンクCEPR所長も兼務。国際貿易とグローバル化に関する論文発表や講演、国際機関や政府への助言などを続ける。近著に「世界経済 大いなる収斂(れん)」(日本経済新聞出版社)。59歳。

スイスから貿易問題の提言

Richard Baldwin

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〈聞き手から〉柔軟な労働市場へ改革急務

〈聞き手から〉柔軟な労働市場へ改革急務

産業革命による先進国の勃興と、国際分業体制による新興国のキャッチアップ。その次に来る第3のグローバル化の特徴として、ボールドウィン氏はサービス労働の国際化をあげる。

英語圏ではない日本では気づきにくいが、世界ではアップワークのほか、様々なウェブサイトを通じたフリーランスのサービスが広がっている。

アジアでは、フィリピンのほか、英語が普及しているインド、スリランカ、バングラデシュなどで盛んになっているという。

従来のグローバル化のモノの取引の国際競争は、主に高賃金の先進国と低賃金の新興国の工場労働者の闘いだった。先進国は製造業を高付加価値化したり、サービス産業で雇用を吸収したりする対策をとった。

次はこれまで国際競争にさらされてこなかったサービス部門で厳しい競争が始まるというのがボールドウィン氏の見立てだ。

この競争の労働市場への影響は複雑だ。国際競争にさらされる分野は、ネット経由で遠隔地からできるサービスに限られるからだ。

同じ企業の中でも、営業や接客など直接対面が必要な業務と、システム開発、事務管理などネット上で完結する業務では影響度が違ってくる。さらに人工知能(AI)に代替される業務も増えるだろう。

日本の場合、いまだに言葉の壁が大きいため、すぐには国際競争にはさらされないように思われるが、ボールドウィン氏は自動翻訳技術の進展でその問題も解決に向かうとみる。

例えば経理などの事務だけでなく、教育、医療などネット経由でできる業務も少なくないだろう。これまでは海外の労働者と競合はないと思っていた仕事も国際的な競争にさらされるのがグローバル化の未来だ。

1987年から年に1回日本を訪れているボールドウィン氏は、新たなグローバル化を日本は恐れることはないという。日本の職業倫理の高さやサービスの質は十分に国際競争力を持つというのだ。

今後は、同じ企業の中にも勝ち組と負け組の仕事が出てくるだろう。こうした変化に対応するには、より柔軟に転職ができる労働市場や、新しい技術革新に対応できる職業訓練などが必要になる。

時間ではなく成果に応じて働くような労働規制の改革には、日本ではまだ抵抗があるが、新しいグローバル化に対応するには、より柔軟な労働市場に向けた改革は急務だ。改革が遅れれば遅れるほど、日本全体が負け組になってしまうリスクも高まるのではないだろうか。

(編集委員 藤井彰夫)



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