シンゾウとの距離(5)稲田朋美庇護が生んだ痛手 2017/7/19 本 日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の政治面にある「シンゾウとの距離(5)稲田朋美庇護が生んだ痛手」です。





 「撤回と謝罪をしたほうがいいな」。首相、安倍晋三(62)の声は意外にも落ち着いていた。6月27日の東京都議選の応援演説で「自衛隊としてもお願いしたい」と発言した防衛相の稲田朋美(58)。自衛隊の中立性を損ないかねない発言とメディアが一斉に報じたのを受けて、慌てて連絡を取ったのが安倍だった。

安倍首相と「思想信条はほとんど一緒」と話す稲田氏

 選挙期間中というタイミングでの稲田の不適切発言で野党は罷免を要求。与党内からも資質を疑問視する声が相次ぐ。8月に予定する内閣改造・自民党役員人事では稲田の防衛相続投を予測する声はもはや党内で皆無となりつつある。

党内に嫉妬の声

 昨年8月の防衛相就任後、稲田には過酷な日々が続いた。土日返上で官僚から政策の説明を受け、週1回だった国際情勢の報告も毎日させるようにした。「いつでも出られるよう寝室の横に服をそろえているの」。緊迫度を増す北朝鮮情勢への対応にも追われた。

 そんな中で今年2月、最大の試練が襲う。南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報問題だ。「廃棄」と説明していたデータの存在が発覚。稲田自ら事実関係の把握に乗り出したが、自らの知らないところで「存在しない」はずのデータ残存や組織的な隠蔽が次々と報じられた。

 「まだ何か出てくるの?」。強気だった稲田もさすがに25万人規模の実力組織である自衛隊の統治への不安を漏らすようになった。首相周辺から「防衛省が大臣の足を引っ張っている」と同情論も出たが、稲田のもとでどこまで原因究明できるかも焦点となる。

 風当たりの強さは当選4回ながら防衛相に抜てきされたことへの嫉妬とも無関係ではない。防衛相の前は党三役である政調会長、その前は行政改革担当相を務めた。一貫して重要ポストに居続けられたのはひとえに安倍の庇護(ひご)があったからというのが永田町の一致した見方だ。

 稲田と安倍との出会いは2005年にさかのぼる。当時、党幹事長代理だった安倍が保守派の弁護士だった稲田を若手の勉強会に講師として招いた。靖国参拝問題などに鋭く切り込む稲田に一目ぼれした安倍が同年の郵政選挙の刺客候補として口説き落とした。

 「安倍さんがいなかったら私は政治家になっていません。思想信条はほとんど一緒」。週刊誌のインタビューで稲田も安倍との関係をこう語っていた。

「急ぎ過ぎた」

 安倍は出身派閥である細田派の後継「四天王」の一人に必ず挙げる。初の女性首相候補に育てようとしたとの見方は多い。「表情はしおらしく見えるから攻めやすいが、内面はそうじゃない。攻撃側になると元気になるんだ」。安倍の稲田への評価は高い。防衛相への抜てきも安倍の期待あってのことだった。

 それだけに稲田も安倍の期待に応えようとしてきた。政調会長時代、自ら「政治家なら誰でも首相を目指す」と公言したのも本心だった。各省庁などとの勉強会を積極的に主催。「ポスト安倍」を意識し、政策の幅を広げて「保守」一枚看板の政治家からの脱却を試みようとした。

 「いろんな事を急いでやり過ぎてきた」。四面楚歌(そか)となる稲田は最近、周囲に吹っ切れた一面も見せる。稲田と親しい自民党中堅も「議員としての幅を広げるちょうど良い機会だ」と次に備えるべきだとアドバイスする。

 それでも安倍の口から稲田を批判する声を聞いた議員は少ない。安倍政権内では数少ない財政規律派である稲田には財務省内にもファンが多い。試練となった防衛相。次につなげられるかが問われている。

(敬称略)



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