スタートアップ新時代(下)攻めの戦略行動 成長の鍵 2018/07/31 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の「スタートアップ新時代(下)攻めの戦略行動 成長の鍵」です。





スタートアップ企業は、産業の新陳代謝を通じて経済成長を促す一方、その生存と成長の道のりは険しい。本稿では筆者が約20年にわたり調査研究を進めてきた成果を基に、スタートアップ企業の誕生から成長に至る実態とその成否の鍵を探ってみたい。

世界の経営学者らが実施する「グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(GEM)調査」(2014年)によると、日本の起業予定者と起業して間もない人の割合は世界ワースト第2位であった。また、16年の中小企業白書によると、日本で生まれた企業の約3割は、その後10年で市場から退出している。筆者の00年の調査では、誕生後5年以内に34%の企業が姿を消したことがわかっている。

日本の企業は、生まれる苦しみと生き残る苦しみの二重の苦を背負っているようにみえる。では、生き残った企業はどうだろうか。

筆者が08年に実施した設立10年企業の成長実態調査(有効回答数572社)によると、10年間で雇用を増やした企業は340社、減らした企業は91社、変化がなかった企業は84社だった(不明は除外)。また雇用増加数の上位25社(30人以上増)で1593人の増加が確認できた。全体の4.8%の企業が、雇用全体の約半数を創出したことになる。

同様に、10年間で売上高が増加した企業は407社、減少した企業は78社、変化がなかった企業は3社だった(不明は除外)。売上増加額が19億9千万円以上の上位14社(2.9%)で全体増加額の約半数を占めた。生まれて10年で大きく成長する企業はごく一握りであるのがわかる。スタートアップ企業は、前述の二重の苦に加えて、成長する苦しみに直面していた。では、一体何が成長スピードに差をつけるのだろうか。

生まれて10年後の売上高の増加率の違いを分析したところ、成長要因として「経営トップが創業者か外部スカウト」「若齢」「設立形態は分社でなく独立」「経営トップが事業環境を過酷と認知せず」「新市場・新製品開発の重視」「組織構造は柔軟」「ベンチャーキャピタル(VC)支援」「国・自治体からの補助金」――などが重要であることが明らかになった。

中でも、市場開拓の戦略行動を主導する「先駆性」「革新性」「リスク志向性」と、それらが一体となり表出した「企業家的志向性」(EO=Entrepreneurial Orientation)は、他の要因よりも成長に強い影響を及ぼしていた(表参照)。

EOは、1980年代から世界で注目され発達してきた概念で、スタートアップ企業に限らず成長する中小企業で広く観察され、研究が進んでいる。当時、米国西海岸から起業家やベンチャー企業が続々登場し、米国経済再生の救世主になったことから、彼らの行動プロセスに注目が集まり研究が活発化した。

EOとは、小さな組織が新製品市場へ参入するプロセスで、事業機会の探索と活用を起点とし、そこから新たな価値を生み出す戦略エンジンと捉えられている。その本質は、守りではなく攻め、分析より行動、既存より新規、行動の正確さよりスピードという、経営トップと一体化した組織の主体的な戦略行動様式にある。EOは次から次へと押し寄せる環境変化という荒波を、先手を打ってさばく能力を発揮し、スピード感と大胆な行動を併せ持つ。

海外ではEOが企業を高業績にリードする要諦になっていることが広く知られているが、日本ではどうだろうか。筆者らが07年から15年に実施した8つの中小企業を対象とした定量研究の成果を整理したところ、8つのうち6つで、高いEO力を発揮する企業が、ライバル企業より利益と売上高で競争優位に立ち、低いEO力発揮企業が、競争劣位にあると結論づけた。

逆の因果で、ライバル企業より利益と売上高で競争優位にある企業が、高いEO力を発揮し、そうでない競争劣位企業が、低いEO力を発揮していると結論づけた研究は8つ中7つあった。設立10年企業に限った研究でも、高EO=競争優位、低EO=競争劣位の関係が成立した。日本でもEOの力が有効であるといえそうである(拙書「小さな会社の大きな力」参照)。

しかし、EOは万能なのだろうか。若い企業の弱点として経営資源の不足が度々指摘される。確かに、EOという戦略エンジンの燃料が不足すると成長スピードが鈍化することは間違いないだろう。ただし、資源が潤沢でなくてもその質が際立っていれば話は別である。また、若さゆえの新鮮さや新奇性がプラスに働くこともある。

筆者の11年の研究成果によると、熟年企業より若年企業の方がEOの高まりとフィットし、高業績を生んでいることがわかった。さらに事業のアイデア、特許、経営ノウハウ、ネットワークなど目に見えにくい無形の経営資源の活用が、若年企業のEOの高まりと整合して、成熟企業を超える高業績を生んでいた。

EOのリスク志向性に対して、無謀な挑戦は倒産を招くとの指摘もあるだろう。しかし実態は、経営トップが抱く業績満足度が最低水準を超えるとリスク志向が強まり、経営の焦点が現在の「危機」から将来の「機会」へと変化すると投資行動が増えるなど、無謀に見える挑戦は、一定の合理的な認知判断に基づいていることがわかっている。

とはいえ、EOの本質は失敗の許容にあることは間違いなく、残念ながら、日本の場合、リスクや失敗を強く嫌う傾向にある。14年のGEM調査によると、日本の起業失敗への不安ランキングは世界第2位であった。

スタートアップからスケールアップへの道のりはそう簡単ではないかもしれない。しかし多くの成長企業がその道を歩んだのも事実で、学ぶことは少なくない。EOを鼓舞して倒産の危機から株式上場を果たしたある経営トップは次のように語っている。「守りの姿勢に入ると組織は学習しなくなり、活気がなくなる」「攻めていると負荷、失敗、カオス(混沌)が増えるけれど、組織は強くなる」「だから余剰資金は投資に回す」。まさに、生き残るために成長する覚悟が根幹にある。

経営環境の不透明さが増す中、企業の競争優位は一時的だと考えた方が良いかもしれない。成功体験に固執することなく、市場の声を先取りし、次の一手を繰り出し続ける行動が、経営トップに問われているのではないだろうか。

スタートアップ企業に限らず、無事に創業初期の危機を乗り越え、発展プロセスにある企業も油断は禁物である。安堵感からEOに黄信号が点滅している企業も少なくないだろう。手遅れになる前に、また創業初期の思いの火種が消えないうちに何か手を打ちたいものだ。若手の役員登用、エース級人材の異動、新規事業立ち上げなど組織内での大胆な新旧交代が考えられる。同質の小さな市場で、あえて差別化戦略を選ばず競合他社と正面から闘うなど、組織の闘争心を鼓舞することも乱暴だが有効かもしれない。

スタートアップ企業の生存と成長を後押しする国や自治体などの支援は確実に充実している。しかし、核心をついた支援策は、果たしてどの程度あるのだろうか。古くて新しい議論だが、適切な政策評価を通じて有効な支援策の実施を期待したい。

〈ポイント〉○起業後10年で成長する企業はごく一握り○成長要因で「企業家的志向性」に高い注目○発展期でも組織の闘争心鼓舞する工夫を

〈ポイント〉

えしま・よしひろ 63年生まれ。上智大博士(経営学)。専門はアントレプレナーシップ論

えしま・よしひろ



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