メルケル独首相、親日発言のわけ 2018/06/20 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の「メルケル独首相、親日発言のわけ」です。





耳を疑うような発言が飛び出したのは6月6日のことだった。連邦議会(下院)の演壇に立ったメルケル独首相。「距離は離れているが、日本とドイツは親密なパートナー」。おもむろに対日外交の大切さを語りはじめた。

(画像:メルケル独首相は安倍政権の歴史認識に注文をつけたこともある(写真は2015年の訪日時の記者会見=ロイター))

「(国際社会における)日本の役割を評価している」。そう持ち上げたかと思えば、「ロシアを挟んで西にドイツ、東に日本」と親近感をアピール。さらに北朝鮮情勢に触れ、進まぬ非核化を懸念する日本を「理解できる」とまで言ってのけた。

2012年に第2次安倍政権が発足してからメルケル政権の対日観は厳しかった。カネをばらまくアベノミクスを「懸念がないわけではない」と案じ、中韓と争う歴史認識に注文をつけた。安倍政権に批判的な日本メディアが政治と社会の圧力にさらされ、忖度(そんたく)が横行。日本における言論の自由が危うくなっているとの憂慮がドイツ政界に広がったこともある。

それが突然の方針転換。議会を傍聴していた独メディアの記者にも意外だった。「米国やロシアより日本を重視」。そう発信した。

発言を誘ったのは首相が率いる保守系与党、キリスト教民主同盟(CDU)のキーゼウェッター議員の質問だった。傍若無人な米国と、中国の脅威という難局に直面するのは欧州も日本も同じ。「ならば連携したらどうか」と水を向けたのだ。

同議員は軍出身で安全保障政策の専門家。これまで対日政策にかかわってきたわけではない。にもかかわらず、なぜ日本を名指ししたのか。

取材に応じたキーゼウェッター氏の主張は明快だった。「保護主義がまかり通るなかで、ドイツと日本は自由貿易の旗を掲げている。デジタル化や学術研究、医薬など協力できる分野はまだあると思った」。国際的な平和維持活動や核軍縮での連携にも期待を寄せる。

一方のメルケル首相も日本へのリップサービスを意識したのではない。「本当に関係を深めたいと考えている」と首相に近いCDU筋は証言する。つまりCDU全体の対日感情が急速に改善しつつある。

背景には、欧米の信頼関係が崩壊したことがある。人種差別や女性蔑視の発言を繰り返すトランプ米大統領をリベラル色の濃いドイツの主要政党は当選前から毛嫌いしていた。「価値観が相いれない」。その疑いが確信へと変わったからこそメルケル首相は1年前、「他の国を全面的に信頼できる時代は終わった」と発言した。

ドイツ外交の基本は粘り強い対話。だから主要7カ国(G7)でも2国間交渉でも米国の説得を試みるが、それは政治ショー。本心はとっくにトランプ政権を見切っている。信頼できぬからトランプ流の取引(ディール)に応じるつもりもない。

そこで欧州連合(EU)を中心とした自主独立路線に傾くわけだが、米国と対峙するうえで2つの制約がある。ナチスからドイツを解放し、民主主義をもたらしてくれたという恩義。そしてドイツ企業の多くが米国市場を頼っているという点だ。だから声高な対米批判はもっぱらフランスに任せ、ドイツは米国以外のパートナー探しに出た。

当初はトランプ政権との親密さばかりをアピールしていた日本だが、最近は不協和音が漏れる。その変化をドイツは見逃さなかった。日本が米国抜きで環太平洋経済連携協定(TPP)に突き進んだことも「自由貿易の守り手」との評価を高めた。

日本企業にはチャンスだ。「日本に好印象を持つドイツ企業が増えている」と経済界の橋渡し役を担う日独産業協会(DJW)のウィースホイ理事長は語る。ドイツ企業が日本企業と組んで中国に進出し、逆に日本側がドイツの手を借りて東欧市場を開拓するなどのケースが増えそうだという。日欧の経済連携協定(EPA)の発効という追い風も吹く。

米国離れを図るなかで打算まじりで日本に近づくメルケル政権。課題は持続力だろう。日独関係にかかわる政治家、経済人はドイツ、日本とも片手で数えるほど。心もとないほどパイプは細い。それを太くできなければトランプ劇場が終わった後は元のもくあみ。日独は再び疎遠になってしまう。

「新たな関係を築きたい」。CDU幹部は自らに言い聞かせるように語った。対する日本。欧州で圧倒的な存在感を放つドイツを踏み台に、EUへの影響力を強める心構えと戦略はあるか。対米追従のなかでの思考停止では好機を逃す。

赤川省吾(あかがわ・しょうご) 日独で育ち、ドイツ銀行フランクフルト本店などでの研修生勤務を経て1994年入社。07年から欧州駐在。冷戦期から欧州を知り、旧共産圏を含めた地域全体の政治・経済・芸術に精通する。ベルリン自由大で修士号(政治および戦後ドイツ史)。現在は編集委員の傍ら、同大付設オットー・ズーア政治学研究所に在籍。

赤川省吾(あかがわ・しょうご)
 日独で育ち、ドイツ銀行フランクフルト本店などでの研修生勤務を経て1994年入社。07年から欧州駐在。冷戦期から欧州を知り、旧共産圏を含めた地域全体の政治・経済・芸術に精通する。ベルリン自由大で修士号(政治および戦後ドイツ史)。現在は編集委員の傍ら、同大付設オットー・ズーア政治学研究所に在籍。

赤川省吾(あかがわ・しょうご)



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