一目均衡ゴールドマンから起業へ 編集委員 小平龍四郎 2016/01/05 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の投資情報面にある「」です。





 大久保遼氏がゴールドマン・サックス証券を辞めモメンタム(東京・港)を興したのは2014年9月。新卒でゴールドマンに就職し3年目のことだった。

 モメンタムの主なサービスは、ネット広告が有害サイトに掲載されブランドが毀損される、といった事態を避けるためのアルゴリズムの開発だ。国内に競争相手が少ないこともあり、今年1月には黒字化が見込めるという。

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 起業への漠然とした気持ちは学生時代から抱いていた。就職後、投資銀行業務の一環として米ネット広告の実例などを調査しながら、事業モデルの構想を練っていった。

 そして、確信に至った。大手の米系証券で働き続けることによって手にできるかもしれない金銭的な報酬より、事業を始めて得られる充足感のほうが魅力的ではないか、と。

 「ゴールドマンには様々な経験をさせてもらって感謝している。けれど、リーマン・ショックの前後では金融業で働くことの感覚がまったく違う」。大久保氏の言葉は、ポスト・リーマンのバンカー(投資銀行家)の心境を代弁する。

 規制や法令順守でがんじがらめにされ、世間の風当たりが強まった投資銀行は、若い才能をひきつける磁力が落ちたとされる。それを象徴するのが、巨額のM&A(合併・買収)や資金調達を支援し、投資銀行業でトップを走るゴールドマンの出身者による起業なのかもしれない。

 探してみると事例は他にもあった。

 大学卒業後、00年にゴールドマンに入り企業への財務支援などを経験した谷生芳彦氏は、10年に家族向け交流サイト(SNS)を運営するウェルスタイル(東京・渋谷)を立ち上げた。一昨年は1億円の資金調達にも成功。現在は、親が幼稚園・保育園での子供の姿を見られるようなサービスに力を入れている。

 谷生氏はベンチャーの世界で人材を輩出する「ナナロク世代」(1976年生まれ)でもある。大学生の頃にはパソコンが身近にあり、90年代後半の米IT(情報技術)企業の隆盛にも強い影響を受けた。

 13年にゴールドマンを辞め、スマートフォン(スマホ)関連のITベンチャーをつくったのは井上北斗氏。昨年はベンチャー投資をするエンジェル・ブリッジ(東京・渋谷)も立ち上げ、数億円規模の複数の投資を合計20億円まとめた。

 投資資金の出し手にはゴールドマン・グループの有力日本人幹部が加わるほか、投資先企業の財務戦略立案にもゴールドマンOBが協力する。一連の試みはベンチャーの「ゴールドマン生態系」づくりのようにも見えてくる。

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 金融危機で世界の投資銀行は力を落とし人材を失った。日本に関する限り、バンカーの流動化はベンチャー活性化の可能性を秘めている。そうした人とお金の好循環の始まりを、ゴールドマン出身者の起業は予感させる。



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