中外時評 「強い国」めざすドイツテロ対策に潜むジレンマ 論説委員 玉利伸吾 2017/1/22 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の中外時評面にある「中外時評 「強い国」めざすドイツテロ対策に潜むジレンマ 論説委員 玉利伸吾」です。





 ドイツが「強い国」をめざし始めた。首都ベルリンでの歳末テロを機に、法改正など治安対策の強化を一気に進めようとしている。難民の大量流入やイスラム過激派によるテロが多発し、恐れや不満が広がる。社会不安を和らげるには国家の強さを見せる必要がある。だが、治安対策に頼るだけでは、国民の間に生じた溝は埋まらない。

 ほぼ1カ月前、首都中心部で起きたテロはドイツ社会に衝撃を与えた。買い物客でにぎわうクリスマス市にトラックが突っ込み、12人が死亡、多数の負傷者を出した。メルケル首相が「残酷で理解しがたい行為」と非難した無差別攻撃だった。犯人は難民申請を拒否され、送還中だった。イスラム過激派組織が関わった犯行とみられている。

 昨年、ドイツでは移民や難民によるテロや殺傷事件が相次いだ。地方の野外音楽祭での自爆テロや列車の乗客がナイフなどで襲われた事件、ショッピングモールでの銃乱射などが起きていた。

 だが、今回の事件の衝撃はケタ違いに大きい。首都中心部での大胆なテロであり、ドイツの宗教文化を象徴するクリスマスの催事を標的にしていた。このため、脅威のレベルは格段に上がった。

 「この攻撃は、わが国にとっての9.11(2001年9月11日の米同時テロ)にあたる」「無差別攻撃は受けないはずだ、といった幻想は、もはや捨てなければならない」など深刻な受け止め方が広がっている。

 危機感は強く、メルケル首相も「ドイツは強さを示さなければならない」と発言。治安対策を担当するデメジエール内相は、新しい治安関連法を提案して、テロと断固戦う「強いドイツ」への転換を呼びかけている。

 独治安当局は犯人を要注意人物として監視していたが、テロを防げなかった。法案は、浮上した警備上の問題点なども含めて対策を強化する内容。危険と思える難民申請者などは早急に送還できるようにし、拘留した場合、釈放後は足に衛星による追跡装置をつけるなどの措置まで検討している。

 国内で極左、極右、イスラム過激派などの活動を調査している情報機関である連邦憲法擁護庁の改革も提案している。各州が持つ同様の組織を廃止し、中央に機能を集中して、監視活動の正確さ、信頼性を高めるという。

 こうした動きは、危機への対応はもちろんだが秋の連邦議会選挙に向けた対策でもある。難民対策とテロへの備えが最大の争点になるからだ。

 メルケル首相は昨年11月、4期目をめざして出馬を表明したが、苦戦が予想されている。難民問題への対応が後手に回り、辞任を求める声があがるなど、政権の弱体化が目立つ。公共放送ARDの調査によると、かつて70%を超えていた支持率は一時、40%台に低下した。

 しかし、治安対策などを打ち出したことで、国民の満足度は急上昇している。年明けの調査では、支持率は56%にまで回復した。ひとまず安心のようにもみえる。

 だが、「強い国」政策には落とし穴がある。強力な対策が必要な「非常事態」を強調するほど、これまでの治安・警備体制の不備が明らかになる。その結果、反難民を訴える政党の主張を裏付け、勢力拡大を助けることにもつながりかねない。政策効果がある間はいいが、行きすぎは逆風を招くというジレンマだ。

 メルケル政権の打倒をめざす民族主義政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は、難民受け入れがテロを招いたとして支持を拡大している。昨年、州議会選で第2党に躍進。秋の議会選では国政への初進出が確実視される。

 政党支持率は徐々に高まっている。緑の党(9%)や左派党(9%)を上回り、15%に達している。いまやメルケル政権を支えるキリスト教民主・社会同盟(37%)と社会民主党(20%)に次ぐ第三の勢力に成長した。

 AfDは排外主義、保護主義を掲げ、欧州連合(EU)にも批判的だ。英国のEU離脱や米トランプ政権の誕生も歓迎しており、勢力拡大が社会の亀裂をさらに広げる恐れがある。

 「テロと難民問題は分けて考えるべきだ」。メルケル首相は、難民への対応をトランプ米大統領から批判され、こう反論した。だが、新たなテロが起きるたびに、難民への対応が問われるのも確かだ。「強い国」を訴えるだけでは、国民の不安は消えない。難民問題で確実な成果を示せなければ、議会選では厳しい戦いを強いられるだろう。



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