中外時評 米資本主義の強み消すな 管理貿易では雇用救え ず 論説副委員長 実哲也 2016/12/25 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の日曜に考える面にある「中外時評 米資本主義の強み消すな 管理貿易では雇用救えず 論説副委員長 実哲也」です。





 トランプさん、よくぞやってくれた。これが多くの米国民の声のようだ。

 メキシコへの工場移転を予定していたインディアナ州の大手空調メーカー、キヤリア社の親会社トップに直談判して、決定を撤回させた件である。米メディアの「ポリティコ」などが実施した世論調査によれば、この行動で同氏への好感度が高まったと答えた人は60%に達した。

 「現地の工場は完成間近」と渋るトップにトランプ次期大統領は「それは知ったことではない」と一喝したという。印籠をかざし相手をひれ伏させる水戸黄門さながらのドラマが米国民を魅了した形だ。

 トランプ氏を「今年の人」に選んだタイム誌との会見では「他の3社にも電話し、海外移転をやめさせた」と言明。会見に同席したプリーバス首席補佐官に「移転を公表した会社のリストをつくれ」と指示したうえで「自分が電話する。1社5分だ。(そうすれば)彼らは海外に出ないだろう」と力を誇示した。

 これまでの政治家と違う型破りなトランプ流。従業員が救われたのだからいいではないか。そうみる人も多いかもしれない。だが、こうした言動は2つの意味でトランプ時代への懸念を抱かせる。一つは、政治と企業との関係をゆがめる恐れがないかだ。

 大統領が気に入らない企業の経営判断に恣意的に介入することもありうるとなれば、企業が萎縮してもおかしくない。と同時に、大統領の意向に従えば見返りがあるという印象をうんだ可能性もある。

 キヤリア社はトランプ氏の要請に従うかわりに、ペンス次期副大統領が知事を務めるインディアナ州から税制優遇を受けることも決まった。ビジネスマン大統領との取引や距離の近さが意味を持つとなれば、公正な市場競争を基軸とする米国の資本主義の根幹にひびが入りかねない。

 トランプ氏は選挙戦で政治と企業との癒着を問題視し、「連邦政府の官職を辞めてから5年はロビイストになれない」ルールをつくると明言した。方向は正しいが、トップ自身が企業との個別取引をいとわないとなれば、事態はむしろ悪くなる心配がある。

 もう一つはもっと大きな経済観だ。トランプ氏は既存のイデオロギーにとらわれない現実主義者だが、こと貿易や投資に関してはかたくなな見方を持ち続けている。それは自由な貿易や投資を是とするグローバリズムこそ、米国経済悪化の元凶という信念だ。

 米国企業の工場移転を執拗に批判するのはその表れだ。だが、無理に移転を阻止しても効果は一時的にとどまる。10月に会ったインディアナ州の経済政策責任者は「製造業は自動化で劇的に変わった。米国には高付加価値の事業やそれを支える高技能の雇用しか残らない」と語った。

 米企業の移転阻止とあわせて重視するのが、2国間交渉による貿易不均衡の是正だ。

 次期政権の国家通商会議のトップに就くナバロ・カリフォルニア大教授とロス商務長官候補が今秋まとめた経済プランは「輸出を増やし、輸入を減らして貿易不均衡を正すことが成長につながる」と強調。最大の消費国という強みとトランプ流のタフな交渉力を背に対米黒字国と向き合えば、赤字は減らせると説く。

 具体的には、相手国が米国から何の輸入を増やすかなどの目標を決め、厳しく達成を迫る「外科手術的」な手法をとるという。対象国として中国、メキシコ、日本、ドイツ、韓国などを例示。輸入拡大を促す製品例としては天然ガスや産業機械、プラスチックなどをあげている。

 世界が恐れるように、いきなり高関税というおのを振り下ろすわけではないが、個別製品の輸出入の調整で不均衡を是正する見取り図を描く。

 問題は、こうした管理貿易主義的な手法で本当に米国の産業競争力は強まり、雇用が救われるのかだ。そもそも貿易赤字削減を成長戦略の柱の一つにする考えに、ほとんどのエコノミストが否定的だ。

 米国経済は金融危機を乗り切り、自律的な上昇過程にある。重要なのは米国の民間部門が本来的に持つ活力を解き放つことだ。法人税改革や規制改革はそれに貢献するだろうが、輸入や移民を抑えるような内向きの政策をとれば強みは打ち消される。

 トランプ氏を選んだ「取り残された人々」の願いに本気で答えようとするなら、技術進歩が急速に進む時代の効果的な安全網をどう創るかに集中すべきではないか。海外に投資する経営者や黒字国を敵役にしたトランプ劇場を続けるだけではやがて飽きられ失望につながっていくだろう。



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