中外時評 転職社会は来るか 個人の選択肢広げるIT 論説副委員長 水野裕司 2015/08/02 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の日曜に考える面にある「中外時評 転職社会は来るか 個人の選択肢広げるIT 論説副委員長 水野裕司」です。





 企業の中途採用に新たな潮流がみえる。これまではやって来た応募者を選別する「待ち」の採用が一般的だったが、優秀な人材を自ら「採りにいく」企業が増加中だ。

 海外では珍しくない「ダイレクトリクルーティング」と呼ばれる動きだ。人材紹介会社を通さず、企業が個人に直接あたる手法をいう。職務経歴や得意分野などの個人の情報を収めたデータベースを使ったり、SNS(交流サイト)を活用したりして、目当ての人材を絞って接触を図る。IT(情報技術)時代ならではの採用方法だ。

 49万人(平均年齢43歳)の会員情報をデータベースに収め、企業が有料で使えるようにしているのがビズリーチ(東京・渋谷)。企業の実際の採用例をみてみよう。

 ▽外食大手 店舗開発の統括マネジャーなどを3人。

 ▽米製造業の日本法人 営業のマネジャー、業務改革の経験の長い人材の2人。

 ▽老舗の生活用品メーカー 情報システムや生産管理の幹部など、1年間で10人。

 地方企業も目立つ。専門学校経営の新潟県企業は幹部候補10人を採用。ホームセンター運営の群馬県企業はネット通販事業などの幹部として大手企業出身者を6人採った。

 「当社のことは当社しか熱く語れない。人材紹介会社は無理」「入社したら何ができるか、納得いくまでやり取りできる」。企業が話す「ダイレクト採用」の利点だ。

 ダイレクトリクルーティングのインフラを用意する企業は急増中だ。サイト上で個人が自分の強みや実績をアピールし、企業がほしい人材を探しやすくする事業モデルで先行するのは米リンクトイン。日本でも展開する。日本企業が運営するサイトも多く、デザイナーやクリエーターの採用に特化したものもある。

 「待ち」の採用を企業が改め始めたのは競争環境が厳しくなった反映だ。新しいビジネスモデルを考え形にできる人材は、待っているだけではなかなか獲得できない。

 人口減少に伴う労働力不足も背景にある。1人あたりの付加価値の増大を迫られ、それには精鋭を増やし、少ない人数でも価値創造できる組織に進化する必要がある。外部人材の獲得は有力な手段だ。「いい人材を採りたいという企業のニーズは高く、ITの進歩で環境が整った」とリクルートワークス研究所の大久保幸夫所長は言う。

 転職が少なく流動性が低いといわれる日本の労働市場はITを駆使した採用で変わっていくだろうか。総務省の労働力調査で正社員について転職者(過去1年間に離職を経験した人)の割合をみると、1990年代以降、おおむね3%台にとどまっている。

 転職が広がらないのは年収が減る場合が多いためだ。1割以上減る人も珍しくなく、転職に二の足を踏む。

 ITを活用した採用は、こうした状況に風穴をあけるかもしれない。個人の立場になれば、実績やスキル(技能)が評価される人はネットを通じて複数の企業から声がかかる可能性が高まる。人材の情報が広く流通することで、実力のある人材は自分の価値を高く売りやすくなる。

 ワークス研究所の調査によると転職者の年収は、欧米で6割以上、アジアでは7割以上の人が上昇する傾向がみられる。収入アップが人材の流動化を促す。日本がそうならないとはいえないだろう。

 思い浮かぶのは米経営学者ピーター・キャペリ氏が「雇用の未来」(原題「ザ・ニューディール・アット・ワーク」)で描いた、伝統的雇用システムが崩壊する様子だ。

 かつて米国企業もホワイトカラーは終身雇用が一般的だったが、競争力が落ち込んだ1980年代、人員リストラに踏み切った。その結果、社員の会社への帰属意識は下がり、景気が回復し労働力が売り手市場になると、より良い待遇を求めて転職者が急増した。有能な人材を引き留めるため、企業は高いコストを払わねばならなくなった。

 日本も雇用の流動化が進めば人材の「つなぎ留め」がいま以上の課題になる。仕事のやりがいや社員の成長機会がカギ、などとこれまでも言われてきた。「人を育てる会社でないと人が集まらなくなる」(大久保氏)。それには、どんな力を養えばいいか経営者が社員に明示できる必要があるだろう。経営戦略の明確化は欠かせない。

 いったん進み始めると流動化は速いことも「雇用の未来」は示唆する。日本もバブル崩壊や金融危機を経て社員の意識は確実に変化し、流動化の土壌はすでにある。ITが雇用を変える力に注目だ。



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です