中外時評 迷彩服まとった習主席 「強い軍」が正統性の支柱か 論説副委員長 飯野克彦 2016/05/01 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の日曜に考える面にある「中外時評 迷彩服まとった習主席 「強い軍」が正統性の支柱か 論説副委員長 飯野克彦」です。





 日本のNHKと同じように中国の国営中央テレビ(CCTV)も毎晩7時から約30分間のニュース番組を放映する。もちろん官製報道だが、それでも最もよく見られているテレビ番組の一つだ。4月20日は、ぎょっとした視聴者が少なくなかったらしい。

 冒頭、最高指導者である習近平国家主席が迷彩服姿で登場したからだ。

 この日、習主席は中央軍事委員会の「連合作戦指揮センター」というところを視察した。このニュースで存在が初めて公表された、新設の機関だ。そのトップに習主席本人が就いたことも、このニュースで明らかにされた。

 「戦って必ず勝つ軍隊を建設しなければならない」

 軍事委員会のトップを兼務している習主席はこう主張して、昨年から大がかりな軍改革を進めてきた。そのなかでは、陸海空といった軍種を横断して統合的に作戦を運用できる体制を整えることが重要な課題で、指揮センターはその要とみられる。

 とすれば、日本なら防衛省の統合幕僚監部、米国ならば統合参謀本部に相当する。そのトップに自ら就任したことは、たとえるなら安倍晋三首相が統合幕僚長を兼ねるような、あるいは、オバマ大統領が統合参謀本部議長を兼務するようなものだろう。

 文民統制の考え方からすれば、いささか違和感を覚える体制だ。加えて、戦場でこそ意味のある迷彩服を平時に身にまとってみせたのである。異様な印象を受ける。

 衣装がさまざまなメッセージを発するメディアであることは、いうまでもない。まして、なにごとも政治的にとらえる中国共産党政権の最高指導者となれば、その服装にも政治的な思惑が込められているのは間違いない。

 いったい習主席は、異色のミリタリーファッションにどんな思惑を込めたのか。

 一つはもちろん、軍の指揮権を握っているのはほかでもない自分だ、と内外に向けて発信することだ。わけても、共産党政権の内側に向けたメッセージという意味合いが濃い。「銃口から政権が生まれる」という毛沢東主席の言葉を語り継いでいる政治文化にあっては、軍の重みが決定的だからだ。

 およそ200万人の将兵たちに対するメッセージでもあろう。胡錦濤前国家主席や江沢民元国家主席と異なり、習主席は若い頃に軍務に就いた経験がある。そして彭麗媛夫人は、少将の階級を持つ軍所属の歌手だ。こうした軍との親密なつながりを踏まえ、自分も軍の一員であるとアピールし、仲間意識や連帯の機運、ひいては忠誠を促そうという狙いが、感じ取れる。

 長い目でみると、国としての基本的な戦略を三十数年ぶりに変える布石とも映る。

 「建国の父」ともいうべき毛主席は1976年に亡くなるまで、公式行事では「人民服」とか「中山服」などと呼ばれるスタイルを通した。毛主席のあとを継いだ華国鋒主席や、華主席を引きずり下ろして最高実力者となった鄧小平氏も同様だった。

 ただ、鄧氏が最高実力者だった時代に実は目に見える変化が起きた。いわば鄧氏の代理で共産党の最高ポストに就いた胡耀邦総書記や趙紫陽総書記が、ネクタイを締めたスーツ姿を披露するようになったのである。

 メッセージは明快だった。日米欧など海外に向けては、既存の国際秩序との調和を大切にし、経済運営で開放的な姿勢に転じた、とのアピールだ。国内に向けては、政治運動に明け暮れて経済が停滞した毛主席の時代に決別する、との意思表示だ。

 背後にはもちろん、経済建設を「一つの中心」に据えた鄧氏の戦略があった。その後も最高指導者は、軍事パレードや老幹部の葬儀などでは人民服姿を見せたが、記者会見や外遊ではネクタイ姿が一般的になった。それは鄧氏が始めた「改革・開放政策」の象徴だった。

 習主席が迷彩服を着てみせたのは、改革・開放に踏み出したとき以来の変化といえる。経済建設はもはや「唯一の中心」の座を失い、それと並ぶ「もう一つの中心」として軍隊の建設が位置づけられた、と読める。従来ほどには国際秩序との調和を大切にしない、というメッセージを読み取ることもできる。

 改革・開放に踏み出してからの経済の高成長は、共産党政権にとって正統性を支える柱となってきた。いまや高成長の時代は終わった。強い軍隊を築くことを新たな正統性の支柱に――。習主席の迷彩服には、そんな思惑が編み込まれているようにみえる。



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