働き方改革 ここが足りない 2017/4/4 本日の日本経済新聞 より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のオピニオン面にある「働き方改革 ここが足りない」です。





 政府が同一労働同一賃金の推進や残業時間の上限規制強化などを盛り込んだ働き方改革の実行計画をまとめた。多様な働き手の力を引き出し、生産性が高い職場をつくるのに十分な改革になるのか。日本の「働く力」を引き上げるのに欠けたものはないか。

■転職恐れず適材適所探れ オリックスCEO 井上亮氏

オリックス 井上亮社長

 政府の働き方改革実現会議の議論は長時間労働の是正と同一労働同一賃金の実現の2点に集中しすぎた印象はあるものの、それぞれの方向性を初めて打ち出した意義は大きい。ただ生産性向上の道筋は計画からは見えず、今後さらに構造的な問題に踏み込んで細部を検討する必要があるだろう。

 私は就職してから40年以上、定時退社を信条としている。顧客との夜の会合などを除けば過去3回しか残業はしていない。残業をしなくて済んだのは、仕事を自分の裁量でコントロールできたからだ。新しい案件を担当するときは最終期限から逆算して、スケジュールを立てる。いつまでに何をするか。結果が伴っていれば自由裁量が許された。もちろん顧客等の要請で急きょ残業をしなくてはならない業務も一般的にはある。ただすべての業務が急に生じるわけではない。

 裁量労働制を拡大し、効率的に時間配分できるようになれば長時間労働は減らせる。改革会議は残業時間の上限を巡り60時間だ、100時間未満だと議論に時間を掛けたが、裁量労働制も深い議論をしてもらいたかった。

 残業が減らない構造的な理由は、日本の法制度では人員調整がしにくいことだと思う。景気変動などで仕事に繁閑は付きものだ。特にスタートアップ期の小規模企業などで大きな受注があれば月100時間残業しても終わらないことはある。米国ならば社員が過重労働にならないように仕事が増えれば新たに人を雇う。業務がなくなれば雇用契約を解消しやすいから新規採用をためらわない。日本は柔軟に雇用の調整ができないので、仕事量が増えたら、人手を増やさずに個々の社員が働く時間を長くして対応せざるを得ない。繁閑に応じて人員を柔軟に調整できれば日本企業も残業を簡単に減らせる。

 もちろん一方的な解雇権の乱用は許されない。人材の流動性を高めつつ働き手を守る制度も同時に考える必要がある。例えば、社員が能力を発揮できていないときは、資格取得の支援や退職金の上乗せ支給などを企業に義務付ける。転職先で活躍できるスキルを身に付けさせたうえで送り出す。使用者と雇用者の双方に利益がある仕組みを導入するのはどうだろうか。

 生産性向上のカギは適材適所だ。終身雇用が前提の今の日本の雇用制度では、せっかく優秀な能力を有していても、発揮できる場が勤務先になければ宝の持ち腐れだ。そのまま囲い込まれることは働く側にとっても不幸だ。

 それでも年功序列で相応の給与を得ていたら、若手社員の士気にも影響する。それは誰にとっても望ましくない職場環境ではないだろうか。雇用を守るために仕事をつくる側面もあり、生産性を下げる要因にもなっている。

 今の事業が10年後、20年後もある確証はない。就職した時点で自分の能力とやる気が発揮できる最適な勤務先だったとしても、時間の経過でそれが変わることは十分にありえる。人材の流動性を高めて適材適所を進めれば、企業も社会全体も生産性が高まり、個人も幸せに働ける。

 少子高齢化で生産性向上は喫緊の課題だ。企業は経営環境を見極め、働き方改革を早急に進めなくてはいけない。オリックスを含むグループ14社は4月から1日の所定労働時間を7時間に改めた。長時間労働を是正し、育児や介護などで時間制約がある社員も力を発揮しやすくするためだ。特段の事情はなくても、自由に使える時間が増えれば社員は社内で得られない経験を積む。多様な価値観を持った人材の知が融合すると、新たなアイデアも浮かび、会社の成長にもつながるはずだ。

 社員の9割は「1日7時間労働なんて本当に実現できるの?」と疑っていると思う。だけど私は本気だ。まずは管理職の人事評価項目に部下の残業削減を入れる。所定労働時間が短くなったぶん残業が増えたら無意味だ。無駄な業務を見直して効率的な働き方を考えるように部長や課長に指示した。

 グローバル市場で勝ち残るためには、今までのように「会社に労働時間で報います」といった働き方はいらない。高度成長時代は労働時間の長短が企業の競争力に大きく影響したが、今はどれだけ他社にないアイデアを生み出せるかが求められている。それぞれの企業でも創意工夫によって働き方改革を実現できるはずだ。

(聞き手は編集委員 石塚由紀夫)

 いのうえ・まこと 75年オリエント・リース(現オリックス)入社。香港、ギリシャ、米国での海外勤務を含めて長年国際事業に携わる。14年現職。64歳。

◇    ◇

■雇用システム 全体像必要 慶応大教授 鶴光太郎氏

鶴光太郎 慶応大教授

 残業時間の上限規制と同一労働同一賃金は予想以上の内容が出てきた。長時間労働の是正の問題はこれまで労使ともに腰が引けていた。企業にとって長時間労働は不況期に労働時間を減らすことで雇用を維持するためのシステムだった。労働側は働く時間を減らせば手取りの減少につながるため正面から採り上げてこなかった。本当に変えようという気持ちがなかった中で、このテーマに踏み込んだ。

 年間の上限時間に休日労働分が含まれていないことを指して「抜け穴」と批判する意見もある。第一歩としてはやむを得ない部分で、今後見直していけばいい。勤務間インターバル制度の努力義務もよく盛り込めたと思う。

 これだけのことができた理由の一つは会議体だ。経団連と連合のトップを働き方改革実現会議の委員として迎えたことが大きい。首相をトップとした会議体に組み込まれれば、その意向は受け入れざるを得なくなってくる。

 同一労働同一賃金のガイドライン案も画期的だ。ポイントは3つある。まず賞与は非正規労働者にも必ず払うようにという内容になっている。2つ目は福利厚生や教育訓練、諸手当も同一であることを求めている点。そして最も重要な点は、基本給を職業能力や勤続年数などの要素に応じて分解できるようにすることを前提としたことだ。日本の賃金制度はそうなっておらず、本気でやるなら革命的な要求だ。

 問題は、これらが結局のところ部分的な改革にとどまり、日本の雇用システム全体をどのように変革していくかというグランドデザインが欠けていることだ。生産性をどう上げていくのか、外国人労働者の問題をどう考えるのか、無限定に働く正社員というシステムをどう変えていくのか。そうした様々な成長制約を克服するための手立てに乏しいのが(実行計画の)実態だ。

 兼業や副業など柔軟な働き方を採り上げ、議論の道筋を作ったとはいえるが、具体策はこれからだ。兼業・副業は複数の職場で働く人の労働時間をどう把握するかという点が最大の論点で、長時間労働の問題と関わってくる。労働問題はそれぞれが相互に連関しており、それを把握した上で改革の全体像を形づくることが欠かせない。今回の実行計画にはそれが欠けている。

 付け加えれば、今回の働き方改革は民進党など野党が反対できないテーマを重点的に採り上げるという政治的な戦略があった点も見逃せない。

(聞き手は小川和広)

 つる・こうたろう 経済企画庁(現内閣府)出身。規制改革会議委員として雇用ワーキンググループの座長を務めた。専門は組織と制度の経済学。56歳。

◇    ◇

■部長の即決がムダ減らす リクルートワークス研究所 石原直子氏

石原直子 リクルートワークス人事研究センター長

 政府が旗を振って働き方改革をまとめたことは大きな意味がある。ただ生産性の議論は宿題として残った。

 日本企業の生産性が低い一番の理由は意思決定が遅いことだ。特に部長や本部長といった中間管理職がリスクを取らない構造に問題がある。例えば新しい事業を始めようとするとき、課長クラスは、ありとあらゆるリスクを潰してから部長に上げる。これにかなりの時間を取られる。部長はノーリスクの計画にはんこを押すだけ、というのはよくある風景だ。

 現場が半年かけて準備したことが上層部の会議で「やはり実行しない」と決まることもある。この場合、現場は頑張ったけれども成果はゼロだ。いずれも、やるかやらないのかの判断を上の人がリスクを取って最初に決めてくれれば1分ですむ話だったりする。

 こうした意思決定の構造を残していては生産性は上がらない。管理職の責任と権限をきちんと定義する必要がある。管理職はリスクをとるからこそ高い給料をもらっているはずだ。責任を分散する体制も意思決定のスピードを落とす。年収2000万円の部長が5人いるより、年収1億円の部長1人がリスクをとって決めた方がいい。イノベーションも生まれやすくなる。

 実現するには報酬体系を変更したり、失敗した人に会社から退場してもらう仕組みが必要である。腹をくくってマネジメントを改革しないと社員の働き方は変わらない。政府もそうした改革をする企業を後押ししてほしい。

 働く側も特に男性は意識を変える必要がある。今回の改革で長時間労働の是正が盛り込まれたのは大きな意味があるが、子育てや介護の制約がないと「好きで長く働いているのに何がいけないのか」「残業代ももらえるし上司からの評価も上がるのに」と思う人も多いだろう。早く帰って会社の外で学んだり社会参加したりするのは出世をあきらめた人と思うかもしれない。

 だが、これからは一生を1つの会社で過ごす時代ではなくなってくる。健康寿命が延びて、2つ3つの会社を経験したり、テクノロジーの変化でいま自分がしている仕事がなくなったりするかもしれない。その時、会社以外の場所で自分が何ができるのか。そう考えれば、自然と働き方は変わってくるはずだ。

(聞き手は福山絵里子)

 いしはら・なおこ 慶大卒。都市銀行などを経て2001年にリクルートワークス研究所。「Works」編集長を務め、今年4月から人事研究センター長。

◇    ◇

〈アンカー〉旧弊こわす努力が不可欠

 長時間労働の是正に踏み込んだ点で各氏は政府の実行計画に一定の評価を与えた。ただ生産性を向上させる観点から、物足りなさを指摘する声が相次いだ。

 井上氏が主張したのは雇用の流動性を高める改革の必要性だ。繁閑や時代の移り変わりに応じて人材を柔軟に配置しなければ、企業は最大限の力を発揮できないためだ。生産性向上の要諦を「適材適所」と語る真意はそこにある。

 鶴氏を含め各氏の不満は、今回の改革が終身雇用や年功序列を柱にしてきた日本型雇用システムの「次の姿」を描くものにはならなかった点にある。その点で政労使は大きな課題を積み残した。

 世論の反発を浴びがちな雇用の流動化に政府は取り組む必要がある。労使には旧弊を打破する努力が不可欠だ。政労使がもう一歩踏み出せるかどうか。やるべきことは見えている。

(中島裕介)



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