共生社会とは何か 村木厚子さんに聞く 変わらぬ自分、変わる立場 「選手交代」は一寸先 2015/11/14 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のこころ面にある「共生社会とは何か 村木厚子さんに聞く 変わらぬ自分、変わる立場 「選手交代」は一寸先」です。





 人はある日突然、一瞬で支えられる側にもなる

 村木厚子さん(59)ほど、本人が望んだわけでもないのに国家権力の非情有情を味わった人は少ない。ある日、うそ、虚構をもとに「郵便不正事件」で逮捕され、不条理きわまりない立場に立たされる。疑いが雲散霧消すると、一転して筋を曲げなかった姿が尊敬を集め、国家予算の3割、30兆円を扱う厚生労働事務次官を任される。怒とうのような日々の中で、村木さんは「支えること・支えられること」を深く考え抜いていた。

 「裁判で無罪が確定し、1年3カ月の起訴休職が明けて与えられたのは、内閣府の共生社会担当政策統括官の仕事でした。部下の参事官には、子ども政策や自殺対策など個別テーマがありますが、私にはありません。頭で共生社会とは何なのだろうと考え始めた時、拘置所での体験が浮かび『こういうことか』と思い当たりました」

 「拘置所では、家族と話すにしても裁判を戦うにしても、誰かの力を借りねばなりません。昨日までは厚労省の一員として自分は人を支える側だと思っていたのに、一瞬にして、一晩にして、弁護士など誰かの力に頼らねば何もできなくなったのです。自分にもそういう時が訪れる。人には支える側と支えられる側がいるという考え方は間違いで、いつでも選手交代になる。しかもある日突然そうなるということを知りました

 「私は収監中、自分に『自分は変わったのか』と『自分は失ったのか』の2つの質問をしました。最初の質問の答えはノーです。今回のことは周りが間違っている。2番目については、失ったものはあるだろうけど支援者もたくさんいる。私はこんなにも持っていたんだ、というのが答えです。この自問自答はものすごく支えになりました。自分は変わらなくても、あるときは助けられる立場になる。それが共生社会なのだ、と腹の底から実感できたのです

 「無実でも裁判の勝敗は不明です。不安の中で自分を保てたのは、考えても仕方がないことは横に置いておく知恵があったからです。同じことが頭の中でぐるぐる回らないようにしたのです。これは子育てをしながら共働きしてきた経験によるもの。仕事が忙しい時、急に子どもが保育園で熱を出して呼び出されるなどの事態は次々に起きました。そんな時、今やれること、明日できること、他の人がいればできることに分類し、紙に書いて考えました。まず今できることに手をつけると落ち着くことを、知っていたのです

 公務員の仕事は、国民のニーズをくみ取る「翻訳家」

 内閣府から厚労省に戻り、社会・援護局長として生活困窮者自立支援法の実現に力を尽くす。そして事務次官に。この間、法制審議会特別部会で取り調べの可視化の必要性などを説いた。厚労省という巨大組織を動かしながら、検察機構という巨大権力の改革にも力を貸した。

 「事件のあと、検事総長経験者など何人もの検察庁幹部だった人に『ありがとうございます』と言われました。その意味は、私の経験したようなことがないと、検察は変われなかったということです。法改正で、可視化などの仕組みは実現できそうですが、検察の変革には、法改正に加えて、国民とマスコミの監視が不可欠です。ただマスコミはときに、検察のストーリーを広める役割を果たしてきました。マスコミが変わる仕組みはあるのでしょうか」

 「検察官の調べで腹が立ったのは、検察官は私が部下や障害者団体に対する悪口を話したかのように、調書を自分のストーリーに沿って書いていたことです。別人格の調書なので署名できないと強く抗議し、書き直してもらいました。怒りから泣いたのは、検事に『有罪でも執行猶予がつけば大したことではない』と言われたときです。入省以来、ずっと公務員として信用を大事にして仕事をしてきたのです。執行猶予がつけば大したことがないという考え方はありえない。『そんな普通の感覚が分からないのは職業病です』と反論しました」

 「私は、学生の時先生から聞いた『公務員は翻訳家である』との言葉に心を引かれています。国民のニーズを制度や法律に置き換える翻訳こそ、公務員の仕事という意味です。ニーズを感じ取る感性、そして解決する企画力が重要だと若い人には言っています。最近は説明力も必要と思っています。いくら良い制度をつくっても、わかってもらえなければ使われないからです。とはいえ、パーフェクトな制度はつくれないものです。ニーズがあっても救われない人が出てくる。どこかで無視してしまうことになる。これを『仕方ない』と職業的に割り切ってしまうことは、ものすごく危ないと思っています。仕方がないというマイナスの巨大化こそ、組織にとって最も始末に負えないことです」

 「もちろん自分が(生活困窮者自立支援法などの)法制度をつくった時にも調整や妥協はありました。復職後は、そんな場合でも柔軟に物事の整理ができるようになりました。これは先に述べた『支えること・支えられること』を、お互いさまと考えるようになった経験が生きたのだと思っています」

(シニア・エディター 礒哲司)

 むらき・あつこ 1955年高知県生まれ。高知大学文理学部卒、78年旧労働省入省。99年女性政策課長、旧厚生省と統合後の2003年に障害保健福祉部企画課長。08年に就いた雇用均等・児童家庭局長時代に、郵便不正事件で逮捕され、164日間勾留されるが、10年無罪確定。13年厚生労働事務次官。15年10月に退任。



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