地球回覧 ひとつの米国 遠のく理想 2017/1/11 本日の日 本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の国際面にある「地球回覧 ひとつの米国 遠のく理想」です。





 米南部アーカンソー州の州都リトルロック。公立のセントラル高校には、息をのむような美しさがある。「大志」「個性」「機会」「準備」――。校舎の正面に刻まれた4体の女神像は、若者をさらなる高みへといざなうかのようだ。

米アーカンソー州リトルロックのセントラル高校

グリーン氏

 1957年9月、この高校に黒人の生徒が初めて入学した。連邦政府が旗を振る人種統合教育の先駆けとして、男女9人が選ばれたのだ。白人の反発は予想以上に強く、州知事も州兵を動員して彼らの登校を妨げた。

 アイゼンハワー大統領は連邦軍を派遣し、9人の護衛に当たらせた。彼らは人種差別の撤廃を目指す公民権運動のシンボルとなり「リトルロックナイン」の名でいまも語り継がれている。

 カーター政権で労働次官補を務めたアーネスト・グリーン氏(75)はそのひとりだ。「より良い教育の機会を求めるとともに、変革の一翼を担いたいと思って編入を希望した」と振り返る。

 だが9人に対するいじめは残酷だった。「どの黒人の尻も1日に1回蹴ってよし。ただしスパイクシューズは使うべからず」。白人の生徒に出回った「許可証」が、記念館には残っている。

 それから60年。かつての白人高校は劇的に変わった。約2500人の生徒の5割程度が黒人で、白人は3割程度にすぎない。「我々は多様化のモデルだ」とナンシー・ルソー校長は胸を張る。

 少数派の地位向上に尽くした先人たちの努力が実り、学校教育の人種差別は確かに著しく改善した。しかしアーカンソー大学リトルロック校のジョン・カーク特別教授は「白人と黒人を分かつ壁が消滅したわけではなく、事実上の隔離教育が存続している」と話す。

 リトルロックの人口比率は白人が49%、黒人が42%。公立学校の生徒でみれば、黒人が3分の2、白人が3分の1を占めるとカーク氏は言う。所得水準の高い白人は環境の良い北部や西部に集まり、子供を私立学校に通わせる人も少なくはない。だから南部や東部の公立学校では、所得水準の低い黒人の比重が高まりやすくなる。こうした人種間の格差や住み分けが、セントラル高校も変貌させたというのだ。

 リトルロックだけではない。全米9カ所の大都市圏では、3分の1以上の人たちが同じ人種の割合の高い地域に住んでいるとの試算もある。米経済政策研究所(EPI)のリチャード・ロスステイン氏は「居住区の隔離を解消しないと、学校教育の人種統合も完成しない」と指摘する。

 「黒人の米国も、白人の米国も、ヒスパニック(中南米系)の米国もない。あるのはひとつの米国だ」。オバマ大統領は無名の時代にこの発言で脚光を浴び、8年間に及ぶ政権運営の目標にもしてきた。そんな崇高な理想も、厳しい現実の前ではどこかむなしく響く。

 富裕層と貧困層、支配層と被支配層、保守層とリベラル層――。白人と非白人のあつれきに限らず、米国を二分する深刻な対立はあちこちで広がる。人種や宗教などを巡る差別発言を繰り返し、社会の分断をあおるトランプ次期大統領のもとで、「ひとつの米国」という目標はさらに遠のいてしまうかもしれない。

 セントラル高校から約2キロ離れたアーカンソー州議事堂の敷地にはリトルロックナインの彫像が並ぶ。「差別に立ち向かうための扉を勇敢な行動で開いた」という碑文が添えられていた。その扉の先にある出口を米国はまだ探しあぐねている。

(ワシントン支局長 小竹洋之)



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