地球回覧 見えぬメルケル氏の欧州 2016/12/14 本日の日本 経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の国際面にある「地球回覧 見えぬメルケル氏の欧州」です。





 ホーヘンワルデ。多くのドイツ人がどこにあるか知らない小さな集落がある。最寄り駅は旧東独の無人駅。未舗装の小道を走り、薄暗い木立が切れると白壁の家が現れた。メルケル首相がオフを過ごす別宅だ。

国際社会はドイツの頑迷さに「安定」を見いだす(6日、エッセンでの保守系与党党大会)=ロイター

 周りにレストランや美術館は見当たらない。冬には地吹雪のみが舞う。お世辞にも風光明媚(めいび)とはいえない場所で、なぜ休暇なのか。

 近くに別荘を持つベルリンの医療関係者は「何もないぜいたく」と魅力を代弁する。質素だからこそ安らぐというのがドイツ気質。「それを理解する人だけが訪れる場所」。19世紀のプロイセンの文豪フォンターネは代表作「マーク・ブランデンブルク周遊記」に書き残した。

 メルケル氏の故郷も少し離れた小都市だ。幼い頃からの習慣だった質実剛健な生活ぶりを体現するようなドイツの政策。倹約精神を見習うように周辺国に迫るのはドイツ流の幸せに絶対的な自信があるからに違いない。

 域内での評判は散々だった。「やり過ぎだ」。歳出削減を強いるメルケル氏にイタリアのレンツィ首相は不満を漏らし、ギリシャでは反独デモが相次いだ。2015年秋に大勢の難民が欧州に押し寄せ「寛容な政策」を求めると反発は拡大。メルケル氏は孤立した。

 その状況が一変した。メルケル氏が来秋の議会選での首相候補としての出馬を表明すると金融市場は安堵。国際評価は「欧州統合の破壊者」(オーストリア紙)から「欧米リベラルの最後の守り手」(米紙ニューヨーク・タイムズ)に転じた。

 健全財政と構造改革、それに寛容な難民政策を重んじる――。そんなメルケル氏は不変だが世界が変わった。英国は欧州連合(EU)からの離脱を決め、米国は大統領選で人種差別や女性蔑視を連呼したトランプ氏を選んだ。内向き志向のポピュリズム(大衆迎合主義)はフランスとイタリアにも波及。両国とも現政権がレームダック(死に体)となっている。

 残ったのがメルケル氏。皮肉にも国際社会は批判を浴びせたドイツ流の頑迷さを、今度は「安定」と読み替える。

 期待には応えられるかもしれない。保守系与党は6日、党大会でメルケル氏を党首に再任した。造反は抑え込まれ、賛成票は9割に達した。有権者の35%が保守を支持し、第1党の勢い。来秋の議会選で勝てばさらに発言力が増すだろう。

 世界の戦後政治は欧米が外交・安保、そして価値観で手を結ぶことが前提だった。それが揺らぐ。トランプ次期米大統領が欧州への関与を弱めたらどうするのか。

 ドイツの答えはある。「安保政策で責任を負う覚悟がある」。7月、防衛白書に明記した。だが肝心のゴールと道筋はぼやけたまま。メルケル氏率いる欧州がどんな姿になるかが見えない。

 振り返れば戦後ドイツの歴代首相はいずれも権力に執着した。選挙で惨敗するまで首相にしがみついたコール氏が代表例だ。メルケル氏も「権力の亡者」との批判がついてまわる。4期16年をこなし、21年に任期が終わる際のレガシー(政権の遺産)は何か。「現状維持」では寂しい。

 民主主義やマイノリティー(少数派)の尊重といった理想主義を広げるために、何をするのか。世界的な移民問題をどう解決するのか。不確実な時代の「安定の礎」となったドイツ。ならば処方箋も示すのが欧州の盟主の役目となる。

(ベルリン=赤川省吾)



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