地球回覧 BRICS、薄氷の結束 2015/07/19 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の日曜に考える面にある「地球回覧 BRICS、薄氷の結束」です。





 6月初め、ドイツ南部の山岳リゾートで開いた主要7カ国首脳会議(G7サミット)には、陰の主役が2人いた。ひと月後、3千キロほど離れたロシア中部の工業都市ウファに、その2人が顔をそろえた。

BRICSはギリシャ支援に冷淡だった(ウファで握手するプーチン大統領(左)と習近平国家主席)=ロイター

 ロシアのプーチン大統領と中国の習近平国家主席。ことし7回目を迎えた新興5カ国首脳会議(BRICSサミット)である。ウクライナと南シナ海で「力による現状変更」を推し進める2人を非難したG7への対抗心が渦巻いていた。

 昨年、プーチン大統領は自国ソチでのG8サミットの開催準備に余念がなかった。だが直前になって日米欧の7カ国はロシア軍によるクリミア編入への制裁としてソチ・サミット不参加を決め、主要国のくくりからロシアを追い出した。メンツをつぶされた大統領はウファ・サミットを名誉挽回の舞台と見立てた。

 中ロにブラジル、インドを加えた4カ国をエコノミストのジム・オニール氏がBRICsと呼んだのは2001年。世界経済を先導する新興勢力を指した。なかでも著しく成長したのが中国だ。08年のリーマン・ショック後、世界が同時恐慌の淵をのぞいたとき、4兆元(当時の相場で約58兆円)の財政出動をやってのけ、世界経済に立ち直りのきっかけをもたらした。

 09年、ロシアは古都エカテリンブルクでこの4カ国による初の首脳会議を主催した。11年からは南アフリカを含めた5カ国でのBRICSサミットが定例になった。政治・経済体制の違いにかかわらず、世界の成長を引っ張る一点で5カ国は同じ方角を向いていた。

 もっとも今回ウファに集った5人がG7への対抗勢力として結束を示したかといえば、疑わしい。BRICSは元来、G7の「法の支配」に代表される理念上の共通言語を持たない。ブラジル、インド、南アは民主政治を標榜するが、中ロは言論活動が窮屈だ。

 加えて、ここにきて著しい成長は過去のものになった。14年の実質成長率はブラジル0.1%、ロシア0.6%、南ア1.5%。資源バブルにあぐらをかいたツケだ。一方、サミットの間に大波乱相場を演じた上海株に、中国指導部はなすすべを持たなかったようにみえた。習国家主席は心ここにあらずだったはずだ。

 ちょうどブリュッセルに顔をそろえた欧州連合(EU)各国の政治指導者は、ギリシャ危機に翻弄されていた。その間隙をぬって中ロなどがギリシャを助けるのではないか。ウファで取材する各国記者の関心のひとつは、そこにあった。

 5人の指導者は冷めていた。プーチン大統領はギリシャから支援の求めがないと、淡々としたもの。5カ国が資本を出し合う開発金融機関BRICS銀行(上海)の初代総裁、インド出身のカマート氏は「今はギリシャを助ける権限はない」と、にべもなかった。

 12~13年、ユーロ圏の一角キプロスの金融機能が前回のギリシャ危機の余波で滞った。このときプーチン大統領がすかさずキプロスを支援したのは、同国の銀行預金の3分の1がロシアマネーだったからだ。原油・天然ガスの高騰で左うちわだった政府系エネルギー企業の幹部などが、地中海の島国にせっせと金を移していた。課税逃れだった。

 当時、5千億ドルを優に超えていたロシアの外貨準備高は14年、3800億ドルに急減した。プーチン氏としてはG7の経済制裁のせいにしたいところだが、真因は資源価格の下落である。

 BRICSの興隆は所詮バブルのあだ花か。石油生産・精製がウファを支える産業なのも、妙な符合だ。

(ウファで、

編集委員 大林尚)



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