岐路に立つ中国経済(上) 「曖昧な制度」改革は困難 加藤弘之 神戸大学教授 2013/11/25 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「岐路に立つ中国経済(上) 「曖昧な制度」改革は困難 加藤弘之 神戸大学教授」です。





<ポイント>○中国の市場経済化は先進国と相当の隔たり○中長期的には発展モデルの転換が不可避に○現行経済システムはしばらく続く可能性大

 中国で1978年に改革開放政策が始まった当初、共産党は計画経済をあくまで堅持し、市場を補完的に利用するという方針で、疲弊していた経済の立て直しをはかった。ところが90年代に入るとなし崩し的に方針を転換し、計画経済を事実上放棄して、市場経済への移行を漸進的に進めた。そして、2001年の世界貿易機関(WTO)加盟前後の時期に、主要な財が市場を通じて配分され、私的所有が支配的になったという意味では、中国は市場経済への移行を完成したと考えられる。

 市場化はどこまで到達したのだろうか。図は11年の国内総生産(GDP)に占める国有経済のシェアを推計したものである。それによれば、国有工業が15%、国有建築業が2%、国有サービス業が20%、合計すると国有経済のシェアは37%であった(第1次産業に国有経済は存在しないと仮定)。この数値を多いと見るか少ないと見るかは意見が分かれるところだが、先進資本主義国とはまだ相当の隔たりがあることは疑いない。

 市場経済化が不徹底だったとしても、この35年間に中国は年率2桁近い成長率を維持し、GDP規模では日本を抜いて世界第2位に躍進した。80年にわずか307ドルであった1人当たりGDPは12年に6017ドルと中所得国の入り口に立つまでになった。これほどの成功を中国にもたらしたのは、経済システムに見られる次の3つの特徴である。

 第一の特徴は、権威主義的政府が経済運営に介入し、国有企業が主導的な役割を果たす「国家資本主義」である。90年代半ばから中国は国有企業改革を本格化させた。規模の比較的小さい企業を民営化し、慢性的赤字に悩む大型国有企業は資本注入による累積債務の解消や余剰人員の一時帰休など一連のテコ入れ策で見事によみがえった。国有企業はいまや最大の納税者であり、12年の米フォーチュン誌グローバル500企業の中に64社の中国国有企業がランクインするなど、国際市場においても存在感を増している。

 第二の特徴は、外資を含む民営企業が発展を牽引(けんいん)する「草の根資本主義」である。80年代初め、経済特区の設置など大胆な対外開放政策を採用し、大量の外資企業を呼び込むことに成功した。中国を世界最大の輸出国にしたのは外資企業である。

 一方、農村改革によって農民の潜在力が解き放たれ「郷鎮企業」と呼ばれる中小企業の大群が出現した。郷鎮企業の主力は郷村政府が所有・経営する企業だったが、90年代半ばまでにその大部分が民営化された。小さな元手から起業し、刻苦奮闘して大企業に育て上げた農民起業家の成功物語が全国至る所で観察された。計画経済の外側に民営企業が生まれ、徐々に拡大してやがては国有企業に対抗できるまでに成長したのである。

 第三の特徴は、地方政府間の激しい成長競争である。中央政府は人事権だけは手放さなかったものの、財政権限を含めて地方政府に大幅な権限委譲をした。その結果、工場団地を造成して外資企業の誘致を競い合うなど、利潤極大化を目指す企業のように地方政府が域内成長率を競い合った。競争に勝った官僚が昇進して、賄賂を含む「灰色収入」が増えるという仕組みが、地方政府間の成長競争をいっそう激烈にしていった。

 前記の3つの特徴はいずれも中国経済に高度成長をもたらした重要な要因である。地方政府の支援を受けながら、国有企業と民営企業はときに対立することはあっても、併存し、競争しながらともに成長していったと考えられる。

 自動車産業を例にとろう。いまや世界最大の自動車生産国となった中国では一汽トヨタ、上海フォルクスワーゲンなど国有と外資の合弁企業が発展の担い手となる一方、吉利、奇瑞などの民営企業も急成長した。国有、外資、民営の3者に地方政府も加わり、国内市場で激しい競争を繰り広げたことが、自動車産業の躍進につながったのである。

 国有企業もときに商業利益を追求し、地方政府がGDP成長を競い合い、腐敗・汚職の中で成長が続くという中国型資本主義の特徴を、筆者は「曖昧な制度」と表現している。

 「曖昧な制度」は日本や欧米の基準から見れば、いかにも中途半端で不完全なように見える。所有権が曖昧なままでは効率的な企業経営はできないだろうし、社会保障費をインフラ建設に流用するような地方政府の財政運営には問題も多い。限度を超えた汚職は成長の足かせになる。しかし、高度成長の実現という結果から判断する限り、多様な地域からなる大国という国情の下で、社会主義イデオロギーの束縛が残存し、市場経済のルールが未整備な発展段階では、国有企業や地方政府の官僚が民営企業に代わって市場の主要な担い手になることは、ある種の合理性を持っていたといえる。

 政府と企業とが混然一体となって経済成長に邁進(まいしん)した成功体験を、発展途上国はもとより先進国にも適合する新しい発展モデルだと一部の論者は称賛する。しかし、以下に述べる「二重の罠(わな)」に直面して、このモデルは転換を余儀なくされている。

 第一に、中所得国の発展レベルに到達した今日、外国技術の模倣ではない独自技術の開発、付加価値の高い製品構造への転換が進まなければ、経済は停滞に陥ってしまう(中所得国の罠)。第二に、改革の目標が曖昧なまま徹底した市場化をしなかったため、既得権を持つ利益集団が形成され、それが民営企業の健全な発展を阻害したり、腐敗の元凶となったりしている(体制移行の罠)。さらに、環境問題や所得格差の拡大といった高度成長のひずみが、大衆の不満を引き起こしている。

 11月12日、中国共産党中央委員会第3回全体会議(3中全会)において採択された「改革の全面的深化における若干の重大な問題に関する中共中央の決定」では、市場体系の改善、政府機能の転換、企業体制の革新が提起され「政府と市場との関係を正しく処理すること」が改革のカギを握るとされる。この内容は目新しいものではない。これまでもたびたび同様の方針が示されたものの、徹底した市場化改革を先送りしてきた経緯がある。今日に至るまで改革を徹底できなかった理由は、そうしなくても経済成長という果実が得られたからであり、「曖昧な制度」の方がこれまでの中国の実情に合致していたからにほかならない。

 前述のように、中長期的には発展モデルの転換が不可避である。問題は、いつ、どのような形で実現されるかである。共産党指導部が「上からの改革」に乗り出すか。共産党の外側に改革勢力が結集するか。経済危機などの外部ショックが受動的な改革を引き起こすか。大きく分けると3つのシナリオが考えられる。

 改革勢力の結集には時間がかかるし、外部ショックが起きればそのコストは計り知れない。最も望ましいシナリオは現指導部による「上からの改革」だが、莫大な利益を上げている国有企業の民営化には、既得権を持つ特権階層の強固な抵抗が予想される。ロシアがそうであったように、民営化が新興財閥を生むだけの結果に終わる懸念もある。

 成長を犠牲にせず政府機能を転換することも至難である。地方政府の経済権限の縮小は、人事考課や財政など多方面にわたる制度改革を伴わない限り、官僚の意欲をそぐことになり、地域の発展に悪影響を与えるからである。「曖昧な制度」に特徴づけられる現行の経済システムは、なおしばらく維持される可能性が大きいと思われる。

 かとう・ひろゆき 55年生まれ。神戸大博士(経済学)。専門は中国経済論



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