日ロ首脳会談 評価は 2016/12/17 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の特集面にある「日ロ首脳会談 評価は 」です。





 2日間にわたって繰り広げられた安倍晋三首相とロシアのプーチン大統領との首脳会談。両首脳は積年の課題である北方領土問題を巡り、共同経済活動に関する協議の開始で合意した。経済協力を優先した交渉は、領土問題の解決にどうつながっていくのか。複雑さを増す国際情勢の下での日ロ接近の意味は。識者に聞いた。(1面参照)

■日本の安保に不可欠 ロシア・ユーラシア政治経済ビジネス研究所代表 隈部兼作氏

 ――北方四島での共同経済活動に関する協議の開始で合意した。

 「日ロの共同経済活動の話は1990年代から出ていたが、うまく進まなかった。両首脳が発表した声明も玉虫色になっている。これから協議が始まるので、具体的にどのような内容が出てくるのか期待したい」

 ――経済協力の合意内容は評価できるか。

 「民間同士の日ロのビジネスが、これまでのエネルギーや自動車産業だけではなく、色々な分野で進展した。評価したい」

 ――民間を含めた日本側の経済協力の総額は3000億円規模となる見込みだ。

 「今回調印した案件の多くは覚書だ。実際に案件が実現するまでには時間がかかり、3000億円が今すぐに出るわけではない。今後の課題は締結した案件を具体的に、確実に仕上げていくことだ」

 「領土問題を抱える日ロ関係はこれまで外務省が前面に立っていた。今回は官邸主導だったからこそ、経済協力が加速した。ロシアとそれほど関わりがなかった省庁が動き、協力の裾野が広がった。首相が対ロ外交を率先して進めた結果だ」

 ――日本には領土問題が取り残され、経済協力だけ「先食い」されるとの懸念が根強い。

 「それぞれの案件は日本の輸出や投資に資するもので、ロシアだけが得するわけではない。日ロはウィンウィンの関係であるべきだ。今回の合意内容はこれまでの日ロビジネスの延長線上にある。この時点で協力をやめたら日ロ関係が悪化してしまう」

 「経済協力に伴って日ロ両国の人の往来が増え、相互理解が深まる。ロシアは日本の安全保障にとっても重要で、領土問題だけで考える現状のアプローチからは脱却する必要がある」

 ――ロシアに進出する企業の課題は。

 「ロシア側は日本からの投資に期待しているが、日本の大手企業の大半は投資よりも輸出を先行させている。国際協力銀行(JBIC)とロシア直接投資基金(RDIF)が創設する1000億円規模の共同基金も、案件がなければ資金を出せない。ロシア政府は新規投資の誘致には熱心だが、既に投資している外国企業へのフォローはまだ弱い」

 「もっとも、ロシアの投資環境は改善されている。原油価格に過度に依存した経済構造を変えるため、産業の多角化を図っているからだ。投資環境の改善により、外国からの資金や技術を呼び込もうとしている」

 ――今回の会談は日ロ関係の転換点になったか。

 「劇的に変わるかどうかは別として、基盤はできた。経済協力の色々な案件を具体化させるには知恵が必要だ。政府はまず案件ごとの経済合理性を精査してから、資金を投じるような仕組みにしないといけない」

 くまべ・けんさく 75年早大政経卒、日本輸出入銀行(現・国際協力銀行)へ。同行モスクワ首席駐在員、三井物産戦略研究所上席主任研究員などを歴任。ロシア語を学んだのは外交官だった祖父の影響という。64歳。

■「特別な制度」現実的 法政大教授 下斗米伸夫氏

 ――首相は共同経済活動について「平和条約への重要な一歩」だと強調した。

 「私もそう思う。北方領土問題の解決に向けたアプローチを変えたということだ」

 ――共同経済活動で「特別な制度」をつくるという。

 「両国の主権に関わらない特別なメカニズムをつくるということだろう。4島の人口は1万7000人だ。漁業や観光、医療などの分野ごとに代表者を定めて協議すればつくれるはず。3~5年もかかる話ではない。両国が受け入れ可能なメカニズムに落とし込めばいい。かなり現実的な提案といえる」

 「両国の首脳が合意したことがポイントだ。タカ派とみられている政治家が、ハト派的な紛争処理に合意した。成功につながる可能性はある」

 ――結局、北方領土は戻ってくるのか。

 「戻る、戻らないというゼロサムゲームから発想が変わってきた。両国の主権を害さないかたちで、日本人が自由に行き来できないかということだ。両国民が共存共栄する以外に方法はない」

 ――日本国内の反応をみると、今回の成果には厳しい声もある。

 「北方領土問題は『間欠泉』のようにたまに大きく動き、翌日から何もないという形を繰り返している。そのパターンに慣れている人にはすっきりしない結果かもしれない。ただ、内実はかなり考えられているものだと思う。間欠泉にならないように国民、マスコミが意識を持ち続けることが必要だ」

 ――会談では、医療やエネルギーなど8項目の経済協力の具体化も合意した。

 「8項目にはロシアの東方シフトと脱エネルギー、経済の多角化、第4次産業革命などを促す措置が盛り込まれている。ロシアにとっては魅力的な提案ばかりだ」

 「ただし、日本が主権を主張すれば状況は変わってくる。そこの落としどころを、今後の平和条約締結交渉の中で探っていくだろう」

 ――北方領土は東アジアの安全保障環境にどのような意味を持つか。

 「もともと北方領土問題は、旧ソ連が『在日米軍の脅威をどう抑止するか』などの枠組みで議論してきた。東西冷戦が終結すると、こうした考え方はなくなったが、今度はロシアの対中国政策との絡みが出てきた。北極海航路の誕生で、オホーツク海は北極に向かう中国艦船の抜け道となりつつある。それも含めてロシアは北方領土や千島列島の軍事戦略を組み立てている」

 ――2013年11月から中断している日ロの外務・防衛担当閣僚級協議(2プラス2)の再開の話もでた。

 「協議再開はロシア側の要求だ。ロシアにとってこれまでの日本は経済的パートナーという位置づけだったが、次第に対中国という意味での戦略的パートナーになりつつある。日本の戦略的重要性が高まり、日ロ関係も質的に変わってきている」

 しもとまい・のぶお 71年東大法卒。専門は比較政治、ロシア政治。成蹊大教授を経て88年から現職。今年10月にロシア・ソチで開いた外交専門家グループの国際会議に出席。同会議にはプーチン大統領も参加した。68歳。

■領土返還、遠のく可能性 新潟県立大教授 袴田茂樹氏

 ――今回の日ロ首脳会談をどう評価するか。

 「首脳が話し合い、スタート地点にしたのは無意味ではない。元島民らがロシアの査証(ビザ)なしで自由に訪問できる事業の拡充も人道的意味がある。だが、北方領土問題の解決には全く進展がないと言わざるをえない」

 ――共同経済活動では協議開始で合意した。

 「平和条約締結へ重要な一歩とプーチン氏も認めた。ただ、様々な解釈の余地を持たせた表現だ。プーチン氏が認めるのは日ソ共同宣言だけ。ロシアの法律以外でやるとも到底思えない。両国の法的な立場はどう妥協点を見いだすか分からない。日本でもロシアでもない第3の法律を適用するのも現実離れしている。六法全書1冊をつくるようなものだ」

 ――共同経済活動は領土交渉にプラスではないのか。

 「下手すると、逆に(返還を)遠ざけてしまう。ロシアの法律を適用すればロシア領と公式に認めることになりかねないからだ。共同経済活動は1996年にロシアのプリマコフ外相が要求し、98年に日ロ両国で共同経済活動委員会の設置を決めた。その際、日本の要求で作ったのが国境画定委員会だ。ロシアが国境は画定していないとの前提を認めたわけだ。当時は両方作ったので意味があった」

 「プーチン氏もかつては、四島の帰属問題が解決していないとの前提に立つ東京宣言を認めていた。だが、現在は以前よりも固い姿勢がみえる。今回も全体的にロシアペースだ。日本政府は従来、対等な国家間関係を意識し、平和条約交渉と経済協力のバランスをとろうとしてきた。基本的な方針が崩れているようにもみえる。かなり問題はあるなという感じがする。首相は分かっていると思うが、官邸の首相周辺は主権に関わる問題を甘く見過ぎている」

 ――3000億円規模の経済協力は評価するか。

 「企業が自らのリスクで進出するなら全く問題ない。ただ政治主導の案件はうまくいった例はあまりない。インフラを整備してもロシアのものになる。企業にメリットがあれば、政府が声をかけなくても出て行く。政府がリスクを背負って資金を出せば、税金で負担する。平和条約交渉とバランスをとるべきだ」

 ――安全保障協力は。

 「(ウクライナ問題を抱える)ロシアとの深いレベルの安保協力は米国が懸念する可能性が大きい。日米間の軍事上の信頼感が低下する恐れがある。ただ、長期的にはロシアと安定的関係を結ぶのは間違っていない。中国や北朝鮮という脅威がある。韓国との関係も難しいからだ」

 ――ロシアは北方領土への米軍駐留を懸念する。

 「もし歯舞、色丹が引き渡された場合に日米安全保障条約の適用対象外にすると、米国はなぜ尖閣諸島を守る義務があるのかと感じるだろう。米国に『責任持ちませんよ』と言われても何もいえない」

 はかまだ・しげき 67年東大文卒。専門は現代ロシア論。モスクワ大大学院に5年間留学した経験を持つ。87年の著書「深層の社会主義」はサントリー学芸賞を受賞。執筆分野は専門のほかに哲学や芸術までと幅広い。72歳。



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