時論 働き方改革に終わりなし 柳井正氏・ファーストリテイリング会長兼社長 2016/05/29 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の日曜に考える面にある「」です。





 政府が「ニッポン一億総活躍プラン」をまとめた。多様な人材が生き生き働ける社会の実現へ、会社や個人も働き方の変革を迫られる。硬直的な働き方を見直しつつ、それぞれが結果を出せる仕組みをどうつくるか。パート・アルバイトの正社員化など、人事制度の見直しを繰り返すファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏に聞いた。

■制度・教育、個人の成長促す

 ――政府の「一億総活躍プラン」をどうみますか。

 「働き方改革の視点で見れば、日本国内の1億人という閉じた議論ではなく、世界の中の1億人として捉えるべきだと思う。グローバル化が進むと労働市場の流動性も加速する。もはや『日本だけが特別』なんていう環境ではない。どんな産業であっても、今やなんらかの形で海外とビジネスをしていかなくてはならない。一億総活躍を真剣に進めるには、日本人それぞれがグローバルで仕事をする覚悟を持つ必要がある」

 ――働く人にもそれぞれの価値観があります。

 「それは尊重するが、ローカルであれ、グローバルであれ単純に2つの言葉に分けることはもはやできない。でないと企業としては生き残れなくなっているのも事実だ。世界経済の中に組み込まれた日本として、新たな人事制度を考えていくことが重要になる。我が社は2014年、『グローバル イズ ローカル』という標語を打ち出した。地域密着のローカル店、究極の個店しかグローバル競争で勝てないという意味だ」

 ――働き方を変えるには意識改革も大切です。

 「日本の社会は『働くということ』について真剣に考えていなかったと思う。大学までの教育は知識を詰め込む暗記型が中心だが、社会が求めるのは、現実の問題にぶつかったときに過去の知識も踏まえて臨機応変に対応する力であり、知識を応用して実行する力だ。今の若者は会社に入るまでのことしか考えていない

 「当社は12年から大学1年生にも内定を出しており、累計100人に達した。この制度を導入したのは、社会に出てから求められる理解力や判断力を身につけるために、大学時代にどのような勉強をしなければいけないのかを早くわかってもらうためだ。大学も実業界も反対するかもしれないが、これからはもっと積極的に内定を出して早期に1000人規模にしたい」

 ――パート社員の正社員化や、働く場所を限定した正社員制度を導入するなど、多様な人事制度を導入しています。その狙いは。

 「転勤を伴わない地域限定社員は1万人を超えた。制度を選んだ従業員にはこう話している。『我々は世界最高峰のエベレストに登頂したいと思っている。でも、その前に近所の500メートルの丘を目標に仕事をして、それが実現できたら1000メートル、2000メートルの山と目標を上げていくような生き方も大切です。個々人が成長しながら生きることを支援します』と。そうした生き方をしてほしいから、パートやアルバイトの正社員登用や地域限定社員制度も設けた」

 ――そこから見えてきたものは何ですか。

 「二極化だ。『正社員になったからもう安泰だ』とという人と『ここから努力して自分の能力を高めていこう』とする人だ。こちらとしては正社員になって2、3年で店長代行になり、店長の仕事と、品出しなどの現場の業務の指示ができる人材に育ってほしい。実はこれまでにもアルバイトからパートとなり、正社員として働く地域社員から転勤を伴う社員になり、そして海外のユニクロなどで働いている人材もいる」

 「人間とは成長するものだと考えていたが、『成長しなくてもいい』と考える人がいた。それでは会社が困るので、本格的に教育をすべきだと考えている

 ――成長と能力に見合う報酬も大切になります。

 「国は最低賃金を時給1000円に引き上げようとしているが、もっと上げるべきだ。ユニクロは早く時給1500円にしていきたいと考えている。主要国の中で最低賃金が一番低いのは日本ではないだろうか。こんな水準ではグローバルで活躍する優秀な人材が日本で働こうとは思わなくなる。日本企業も現行の水準で甘んじていては駄目だ。時給が低いと、働く側も時間の切り売りと考えて単純労働でいいと受け止めてしまう。結果として両者の思考を停止させている

 「一時期、グローバル経営を進めるということは、海外の処遇を良くし、国内ユニクロの従業員の給与は引き下げられるのではとの見方があったが、大きな誤解だ。時給を1500円、1800円にしても、1990円の商品を提供してしっかり利益の出る組織、働き方にしていくつもりだ」

 「アベノミクスは金融政策主導で進めてきたが、それだけでは個人消費が盛り上がらなかった。報酬と消費はニワトリと卵の関係で、どっちが先とかの議論はやめるべきだ。強引にでも時給を上げる状況をつくれば、必然的に生産性を上げる経営になっていくはずだ

■明日の仕事を今日やれ

 ――週休3日制の導入も含めてユニークな制度が目立ちますが、業績面では貢献していないようです。

 「今期は減益見通しなのでその通りだ。まだ人海戦術の状況から抜け出せていないためだ。もっと少ない人数と短い時間で効率を上げないといけない」

 「仕事をしているフリ、商品整理をしているフリ、接客しているフリをする従業員がいる。自分が何のために売り場にいるのか、必要な仕事は何かをわかっていないとそうなる。もっと仕事の内容を明確にして、やった仕事に対して報酬が決まる仕組みにする。正規、非正規の雇用形態で報酬が決まってはいけない」

 ――ブラック企業といわれたこともありますが。

 「『サービス残業はするな』と言っていたが、会社のためを思ってやっていた店があった。自己規制が働いていた。『サービス残業をやっていたら会社が潰れる。アウトだ』という意識を皆が持つようにした。今は『限りなく白に近い、グレー』だと認識している」

 ――幹部候補生として高学歴な人材が中途入社していますが、短期間で去って行く人もいますね。

 「経営学修士号(MBA)が邪魔になっている人がすごくいる。ケーススタディーを知っていて分析する力もあるから『自分はできる人材だ』と勘違いをしている。特に外資系企業やコンサルタント会社からやってきた人に多い。外資系は本国の指示で動くから自分で実行しようとしない。コンサルタント会社の業務は経営者に『問題点はここです。こう改善すべきです』と説明して終わり。だからこうした人たちには、『実行するのはあなたですよ』と言い続けている

 ――経営層と現場(売り場)が分離しているように見えますが。

 「今までは確かにそうだった。でもここ20年で現場で頑張ってきた人材が、本社や海外でも多く活躍するようになってきた。やはり経営層にもマーチャント(商売人)の素養は必要だ。会社のDNAを受け継いでいくのはマーチャントであって、そういう人でないとトップにできないと考えている。それでこそ我々が目指している日本初のグローバルリテイラー(世界的な小売業)の姿だと思う」

 ――社内公用語を英語にした効果はありますか。

 「会議では英語だ。でないと本当に仕事ができない。一方で、英語を話せるだけでは仕事ができるわけではないのも事実だ。なぜなら仕事の本質を知らないと結論を伝えられないからだ。過去の経験を英語で言語化していく能力が求められる。公用語を英語にすることで仕事の本質が改めて浮き出てきて良かった」

 ――仕事とは何ですか。

 「僕は社員に『明日の仕事を今日やれ』と言っている。本当の仕事とは、明日何が起きるか予測し、そのための準備や計画を明日までに間に合うようにしておくことだ。それ以外は作業だ。作業だと毎日の繰り返しになってしまい、会社は変わることができない

 「今から約40年前、24歳でこの世界に入った。小さな会社から売上高が約1兆8000億円までなれたのは規模や状況に合わせて、その都度、変わることを常態化してきたからだ。イノベーションを起こすには大きな会社になってもベンチャービジネスの考え方をもって経営することだ。幹部はこうした矛盾するものを受け入れられるように意識を変えないといけない」

 「今、我々は商品を作って販売する従来の小売業のビジネスモデルを否定することに取り組んでいる。消費者の要望で商品を短期間で作って届けるプロジェクトを立ちあげた。そのためのITや物流システムはそろっている。『できる』という強い信念で新しい仕事をやっていく」

<聞き手から>納得して働ける選択肢を

 柳井氏の言葉は国や経営者に向けたメッセージというより、働き手に対するものだろう。日本の高度成長を支えた年功序列や終身雇用が既に機能していないにも関わらず、正社員というだけで今の立場に安住する人が多い。そんな危機感が伝わる。

 グローバル化や少子高齢化など日本企業の経営環境は様変わりしている。人口が減るなか、男性正社員を中心に長時間労働を強いる働き方は通用しない。アルバイトでも時給引き上げや正社員化をしないと人が集まらない時代。育児や介護を抱えた社員でも働けるように週休3日の勤務なども必要だ。柳井氏が毎年のように新たな人事施策を導入するのはそのためだろう。

 課題は働きやすさと業績をいかに両立させるかだ。正社員化や時給引き上げなど働き方改革はコスト増の要因になる。かといって無理な負荷をかければ、人心が離れるリスクもある。

 解の一つは、ファストリが試みているように、本人の価値観や家庭の事情に応じて多様な働き方を用意することだろう。働き手の声に耳を傾けつつ、それぞれが成長を目指し、結果を出せる仕組みが必要だ。働き方改革に終わりはない。柳井氏の悩みは日本企業共通の課題でもある。

(編集委員 田中陽)

歯に衣着せぬ発言も有名 やない・ただし 1971年(昭和46年)に早稲田大学を卒業、ジャスコ(現イオン)に入社するが「仕事が面白くない」と退社し、翌年山口県にある実家が営む紳士服店「小郡商事」(現ファーストリテイリング)に入社する。84年に父の後を継いで社長。同年6月に「ユニクロ」1号店を広島市に開いた。 「成長しないなら死んだも同然」「今の大学教育ならいらない」と語るなど、歯に衣(きぬ)着せぬ発言でも有名。2002年に社長を玉塚元一氏(現ローソン社長)に譲り、会長になるが、成長軌道に乗せられないと判断。05年に社長に復帰した。20年に売上高5兆円、営業利益1兆円の高い目標を掲げる。67歳。



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です