時論 金融危機はまた起きる マービン・キング氏(時論) 前英中央銀行総裁 2018/1/9 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のオピニオン面にある「時論 金融危機はまた起きる マービン・キング氏(時論)前英中央銀行総裁」です。





 2018年の世界は株高や資産高など「同時好況」ともいえる環境で幕を開けた。米国発の信用不安が欧州の債務問題に飛び火し、新興国の景気後退をも招いた08年の「リーマン・ショック」から10年。金融危機を乗り越えたように見える世界経済に死角はないのか。危機当時、英中央銀行のイングランド銀行総裁として事態収拾に奔走したマービン・キング氏に聞いた。

■中銀、短期預金守る制度を

 ――18年の世界経済は再び成長軌道に戻りつつあり、一時のような危機は遠のいたように見えます。

 「世界経済は日米欧、アジアなど主要国・地域の景気がそろって拡大する『同時成長』といえる状況にある。08年の金融危機後、初めてのことで、大きな前進と言ってもいい。ただ、その奥にある危機の源泉は何一つ変わっていない。一つは金融セクターの膨張だ。政府などの公的部門、企業など民間部門とも、負債総額はリーマン・ショック前の水準よりもはるかに大きく膨らんでいる」

 「リーマン・ショック後に金融規制を強めたにもかかわらず、イタリアなど欧州の金融機関では今なお不良債権問題がくすぶる。中国のシャドー・バンキング(影の銀行)など新興国の負債比率も高い。金融セクターの膨張が止まらないのは、歴史的な低金利が続いているからだ。リーマン・ショック前の25年間、長期金利は世界的に低下し続け、金融危機後の10年間でさらに下がった」

 「背景にあるのは中国や日本、韓国などアジア各国の過剰貯蓄だ。とりわけ1989年のベルリンの壁の崩壊後、世界的な貿易システムに中国や旧ソ連諸国、インドなどが一気に加わったため、それらの大量の過剰貯蓄が資本主義社会に流れ込み、長期金利を押し下げ続けてきた。金融危機後もこうした世界的なマネーの流れは変わっていない」

 ――行き過ぎた低金利は株価や不動産価格の押し上げにつながります。バブルが再び近づいているのでしょうか。

 「米国や英国では、居住用不動産や商業用不動産への過剰投資が続いている。米欧の資産価格が高騰したため、投資家はその資産を購入するためにさらに過大な借入金が必要になった。低金利が資産価格を押し上げ、その購入資金として負債が膨張する循環が続いている。『バブル』という言葉は定義が難しいため使いたくないが、明らかに持続不可能な状態だといえる」

 「インフレ率を差し引いた実質長期金利は現在ゼロ%に近い。これが歴史的な平準値の3~4%に戻っていけば、資産価格は調整が避けられない。巨額の負債を抱えたまま資産価格の下落に見舞われれば、債務不履行(デフォルト)のリスクが高まる。今後5~10年でみた世界経済のリスクはこの過大債務問題だ。火元となるのはイタリアなど欧州の債務問題か。あるいは新興国市場か、それとも米英の家計部門なのか。それは分からないが、次なる危機のリスクは拭えない」

 ――危機防止へ銀行システムの「錬金術」を正すべきだと主張していますね。具体的にはどういうことですか。

 「短期預金を集めて長期融資に充てるという銀行システムは、実体経済と金融市場を飛躍的に成長させたと考えられてきた。しかし、それは銀行がひとたび短期資金を確保できなくなると、取り付け騒ぎが起きて金融システムが崩壊寸前に追い込まれる錬金術にほかならない。いざとなれば政府が救済するという甘えがあるから、貸し出し基準がさらに緩むという悪循環を招いている」

 「私が提案するのは『最後の貸し手』としての中央銀行システムの改革だ。民間銀行は取り付けが起きないよう、常に預金や1年未満の短期無担保負債を全額払い戻せるようにする。そのために、預金量に応じてあらかじめ現金を持つか、換金しやすい流動性の高い証券を保有するよう義務付ける。中央銀行はそれを厳密に管理し、金融危機時にはそれを担保にして民間銀行に資金供給できるようにする」

 「例えば中央銀行は、流動性の高い証券には90%、流動性の低い債券には50%などと緊急資金供給の比率を決めておく。いわば担保を厳密に評価して資金を貸し出す『質屋』のようなものだ。預金など短期資金を保護することで取り付けの懸念はなくなる。一方で長期融資などのリスクは民間銀行が負うことで、モラルハザードに陥ることも避けられる。10~20年かけて改革すれば、金融システムへの影響も小さくできる」

 ――08年の金融危機の根本原因は世界経済の不均衡だとも指摘しています。しかしこの問題の解消が全く進んでいません。

 「中国やドイツは依然として輸出セクターへの投資に偏っている。両国の経常黒字によってうまれた余剰資金が、米国や英国の投機マネーに化けて、過剰投資につながっている。金融システムの見直しとともに、金利低下と債務膨張を招いた世界経済の不均衡にもメスを入れる必要がある。米国や英国は政策金利の正常化(利上げ)によって投資から貯蓄へと誘導しなくてはならない」

 「問題は英国だけが一国で利上げを進めれば、ポンド高を招いて内外需とも失速が避けられないということだ。主要中銀は自国の通貨高を恐れて政策金利を上げられない『囚人のジレンマ』に陥っている。世界経済の不均衡を解消するには、金利政策や通貨政策は国際協調のもとで取り組む必要がある」

 「例えば経常赤字国では米英、経常黒字国では中国とドイツ、日本が参加する。この4~5カ国が不均衡是正に乗り出すだけで、世界経済は大きく変わり得るだろう。トランプ米政権は貿易赤字の解消を求めているのだから、全く乗れない話ではないはずだ。国際通貨基金(IMF)の機能強化など、国際機関の枠組みも見直しが必要だ」

■再び高成長へ改革追求

 ――そもそも08年の危機後の中銀こそ、次々と金融緩和策を繰り出して「錬金術師」と評されました。

 「長期国債を買い入れて金融機関に資金供給する量的金融緩和のメカニズムは伝統的な中銀の金融政策そのものだった。問題なのは、中銀がそこから社債などの民間のリスク資産の購入に踏み出したことだ」

 「中銀がリスク性の高い資産を買い入れて損失を出せば、最終的には納税者に負担を強いる。長期的な責任問題に発展しかねず、金融政策の要である独立性を揺るがすことになるだろう。損失リスクのある民間資産の買い入れは政府の財政政策の領域とすべきだ」

 ――金融危機後、成長率が伸び悩む「長期停滞論」が強まりました。

 「金融危機後の大規模な金融緩和と財政刺激策は、需要先食いにつながった。景気回復を早める効果があったものの、長い目で見れば需要が先細りになるとの見方も生んだ。生産性の低下という問題にも直面し、主要国経済はもう成長しないという長期停滞論が台頭した。実際、世界経済は危機から10年かかってようやく同時成長にたどり着いたが、成長率自体は危機前の水準を取り戻せていない」

 「ただ、1930年前後の世界恐慌時も、米経済には長期停滞論が巻き起こった。実際に成長率のトレンドが危機前の水準に戻ったのは50年代初頭だった。今回も短期的には低成長が続くかもしれないが、10年、20年という期間でみれば再び高い成長率を取り戻せるだろう。米シリコンバレーだけでなく各地で技術革新が起きており、生産性を高める動きはある。サービス貿易の自由化を一段と進めるなど、将来の成長期待を高める改革が欠かせない」

金融危機時、火消しに奔走 Mervyn King 2003年から10年間、イングランド銀行総裁を務めた。08年の金融危機時にはバーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長、トリシェ欧州中央銀行(ECB)総裁と共に巨額資金供給で火消しに奔走。3人は「現代の錬金術師」とも評された。 近著「錬金術の終わり」では従来の金融の仕組みを改革し、健全な経済を築く方策を説いた。ユーモアあふれる語り口調で知られるが「日本経済が抱える過大債務はもはやインフレでしか解消できないレベル」と手厳しい。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)と米ニューヨーク大で教授を務め、英米両国を行き来する。69歳。

◇  ◇

〈聞き手から〉金融政策に限界 痛切な教訓

 「そのときロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(RBS)から受け取った担保は、ただの住宅ローンの台帳だったよ」。2008年の世界的な金融危機の実情を問うと、キング氏の顔から笑みが消えた。英銀RBSは資金繰りが行き詰まり、イングランド銀行は担保価値もよく見えぬまま「最後の貸し手」として緊急資金供給に踏み切らざるをえなかった。

 「マジック」「バズーカ」「マエストロ」……。主要中央銀行の首脳には時にそんな“敬称”が付けられる。だがキング氏は「金融政策には限界がある」と常々語り、市場の過大な偶像視を冷ややかに見てきた。鮮やかにみえる中銀の救済策が結果として金融機関の緩みを生み、それが次なる危機の源泉になりかねないと危惧するからだ。

 キング氏は金融システムが凍り付くことのないように、短期預金を銀行が全額保証できるような制度改革を求める。その仕組みは銀行の保有資産を透明にすることが土台で、中銀がどこまで救済するかの線引きも事前に決めるという。そこには金融システムが崩壊寸前に陥った10年前の痛切な教訓がある。

 ただ、そうした金融見直し論は徐々に勢いがそがれ始めている。金融規制の強化が世界経済の「長期停滞」の一因とも評され、米国では規制緩和を唱えるトランプ氏が政権を奪った。

 世界全体の債務残高は直近で217兆ドルと、金融危機前の1.2倍に膨らんだ。世界全体が安定成長に差し掛かった18年こそ、金融システムを再点検する好機だろう。

(ワシントン=河浪武史)



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