核心 テロ生むバーチャル共同体 IS対応、雇用も重要 本社コラムニスト 脇祐三 2016/01/11 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のオピニオン面にある「核心 テロ生むバーチャル共同体 IS対応、雇用も重要 本社コラムニスト 脇祐三」です。





 世界が直面する重大な脅威は、テロの拡散だ。2001年9月の米同時テロは、実行犯が国外からやってきた。だが、最近の欧米のテロの多くは、その土地に暮らす人物が過激になって起こす。過激派の象徴的な存在になった「イスラム国」(IS)を軍事攻撃によって弱体化させるだけでなく、過激派を再生産する構造問題への取り組みも欠かせない。

 風刺画を載せるフランスの週刊紙シャルリエブドが、テロの標的になってから1年。パリでは昨年11月に、より大規模な同時テロが起き、百数十人が死亡した。フランスは「戦時」にあり、新たな攻撃の可能性に備えなければならないとオランド仏大統領は強調し、街では重武装の警官や兵士が警戒を続けている。

 米国の国際政治学者イアン・ブレマー氏が代表を務めるコンサルティング会社ユーラシア・グループは、今年の世界の十大リスクの第4位に、ISとその「友人たち」を取り上げた。

 同社は、(1)たとえ軍事作戦でシリアやイラクでのISの支配領域を後退させても、世界から吸い寄せられる支持者は後を絶たない(2)テロのターゲットにされやすいのは、多くのイスラム教徒の若者が社会に統合されていない国だ――と指摘している。

 米国では、ツイッターなどのソーシャルメディアを通じて過激派の同調者が広がっていくプロセスに関心が集まる。昨年12月2日にカリフォルニア州で、治安当局がマークしていなかった移民の夫婦がISに忠誠を誓うメッセージを発信して起こした乱射事件が、大きな衝撃を与えたからだ。

 「すべての国に怒った若者がいる。インターネットは、あらゆる憤りを正当化する便利なイデオロギーの数々を提供する」。米ジョージタウン大のローザ・ブルックス教授は、外交専門誌フォーリン・ポリシー電子版で、こう説いている。

 ISの背後にある「バーチャルコミュニティー」を紹介したニューヨーク・タイムズ紙(12月8日付電子版)の記事も興味深い。この記事に登場するイエメン系移民家庭の17歳の少年は、興味があって世界中のIS支持者とツイッターで交信しているうちに「自分がバーチャルな闘争に吸収される一方、家族、人生、将来といったリアルなものとのつながりを断つようになった」と述べている。

 この閉ざされたコミュニティーの中で、日常からの逃避感にひたり、米国の外交政策から欧米社会のイスラム教徒差別まで不満をツイートし合っている。そのうちに、シリアに渡ろうとしたり、地元でテロを企てたりする仲間が出てくるというストーリーだ。

 イスラム過激派によるテロといっても、イデオロギーが先にありきでは必ずしもない。「ISも、世界の怒れる若者たちの今の流行」(ブルックス教授)と考えるほうが、当たっているように見える。

 11月のパリの同時テロの首謀者とされ、11月18日にパリ郊外の潜伏先で特殊部隊に射殺されたアブデルハミド・アバウド容疑者。ベルギーのブリュッセルの移民街でモロッコ系の中流家庭に生まれ育ち、進学校とみなされる中学に通ったが盗癖やいじめ行為などで退学処分になり、その後は不良グループに加わって犯罪を繰り返していたという。

 刑務所にいる間に過激派の影響を受けるようになっったともいわれるが、シリアに渡り、昨年2月にISの機関誌に登場するまでになったのは、なぜなのか。

 アバウド容疑者と一緒に潜伏先で死亡した、いとこの女性アスナ・アイトブラセン容疑者は、5歳のときに両親が離婚し、里親のもとで育つうちに非行が目立ち始め、酒や薬物に走るようになったという。

 2人ともイスラムの価値観とは縁遠く、不良少年や非行少女の末路にも見える。ISにひきつけられたのは、生まれ育った社会に自分の居場所がないように思う疎外感かもしれない。

 ユーロ圏では失業率が10%超で高止まりし、若年層の失業率はだいたいその2倍、イスラム教徒だとさらに高い。多くの若者に職がない状況は、間接的にテロの拡散と結びつく。貧困が理由でテロが起きるのではなく、社会に統合されていない若者が多数いる状況が過激派を生む温床になる。

 オランダ出身の著述家・ジャーナリスト、イアン・ブルマ氏は、西欧の移民社会の危うい若者たちは「死ぬ理由」にひき付けられがちだと警告し、必要なのは死にたがる理由を打ち消すような「生きていく理由」だと説いている。

 米軍の発表によると、これまでの空爆などで、ISの支配する領域はピーク時と比べイラクで4割、シリアでは2割減った。今後もIS排除のための軍事行動で国際的な連携強化が必要なのは明らかだ。

 それを踏まえたうえで、北大西洋条約機構(NATO)の欧州連合軍最高司令官を務めた経験もあるジェームズ・スタブリディス米退役海軍大将は「雇用がすべての問題を解決するわけではないが、生活を築くことが若者を闘争から遠ざける」と力説する。

 テロを抑える長期戦略として、欧米ではイスラム教徒の子女が社会に居場所を見つけられるように、「就職を容易にする法の整備や環境の改善も必要」(ブルマ氏)になりつつある。



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