核心 7人の指導者、中間層に悩む サミットで白熱の議論に 欧州総局長 大林尚 2016/06/06 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のオピニオン面にある「核心 7人の指導者、中間層に悩む サミットで白熱の議論に 欧州総局長 大林尚」です。





 英国のキャメロン首相には、おっちょこちょいなところがある。

 贈収賄や資産隠しへの対応策をグローバルに話し合う反腐敗サミットに出るため、世界の政治指導者がロンドンに集った先月。バッキンガム宮殿での歓迎会でエリザベス女王を前に「素晴らしく腐敗した(fantastically corrupt)国の指導者がやってくる」と、喜々として話したのをメディアのマイクに拾われた。

 ご丁寧にも、首相はナイジェリア、アフガニスタンの2カ国を名指しした。両国のブハリ大統領とガニ大統領がサミットをボイコットすることはなかったが。

 こんなこともあった。2014年9月、英国からのスコットランド独立の是非を問う住民投票は、反独立票が辛うじて上回った。直後に国連総会に出るためニューヨークを訪れた首相はブルームバーグ前市長との立ち話で投票結果を女王に電話で報告したと明かし、女王が満足する様子を猫がごろごろと喉を鳴らす擬音語「プァード」(purred)と表現した。女王との会話の内容を口外しない不文律を破ったこのときも、テレビカメラが回っていた。

 頭に浮かんだことを深く考えずに口にしてしまう質(たち)のようだ。

 先月26日。三重県志摩市の賢島で開いた主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)の冒頭、世界経済に関する討議でキャメロン氏はすかさず安倍晋三首相に反論した。「危機(クライシス)とまで言うのはどうか」。安倍氏が「手をこまぬいていると世界は08年のリーマン・ショック並みの危機に見舞われる」という持論を披露したときだ。

 キャメロン氏は政権を取った10年以降、オズボーン財務相と二人三脚で英財政に規律を取り戻すことに腐心してきた。医療や社会保障の冗費を絞り、日本の消費税にあたる付加価値税の税率を20%に上げ、その軽減税率の対象品目を減らし、もともと低かった法人税率をさらに下げる――。

 15年の総選挙では、NHS(国営医療制度)が提供する医療について、週7日診療の実現など患者サービスの向上を公約した。医療職の待遇を実質的に切り下げることになるため、若い医師はスクラムを組んでストライキで対抗したが、最後は政権側が押し切った。

 大衆に好まれている肉詰めパイのファストフード、パスティの付加価値税率をゼロから一気に20%にしようともくろんだときは、労働党の支持層から猛反発を受けた。階級社会の英国である。貴族の家系に連なるキャメロン氏は記者会見で「パスティが大好き。最近もこの店で買った」と、エリート臭を拭うのに懸命だったが「この店」がすでに閉店していたのをメディアが突き止め、恥をかいた。

 ともあれ、英財政収支は着実に改善を続けている。14年度に5.0%の赤字だった国内総生産(GDP)比は、19年度に0.5%の黒字に転換する見通しだ。おまけに伊勢志摩サミット参加7カ国(G7)のなかで、実質成長率は米国と並んで最も高い。生産性が思うように伸びず、ロシアやブラジルの景気悪化に直面する不確実性はあるが、今後5年間は平均2.1%成長を保つ自信をみせる。

 「他国に財政拡張への同調を求める前に、まず自らの財政をきれいにしたらどうか。もし本物の危機がやってきたとき、日本の政策対応は機能するのか」。安倍氏への反論の本音は、こんなところかもしれない。

 その自信に満ちたキャメロン氏の表情がにわかに険しくなったのは、討議のテーマがグローバル化に移ったときだ。キーワードはミドルクラス(中間層)。カナダのトルドー首相が口火を切ると、ほかの出席者も息せき切って話しだした。

 「自由貿易が中間層の利益を損なうという考えは間違いだ。貿易産業の賃金水準は高く、自由貿易は中間層のチャンスを広げる」

 「パナマ文書が暴いた、桁違いに金持ちなごく一部の人の課税逃れが、中間層の不満を高じさせている」

 「将来に期待を抱けない中間層がポピュリスト(大衆迎合主義者)政治家の支持に走っている」

 キャメロン氏は英国の現状を紹介した。「わが国にやってきた移民・難民の多くがコミュニティーに溶け込めず、孤立感を深め、ナショナリズムに傾倒している」「中間層を包み込む精神を養わねばならない」。そこに軽口はなかった。

 イスラム過激派などによる残忍なテロが、次にいつどこで勃発するか分からないのが欧州だ。その指導者にとっては、グローバリズムとナショナリズムの相克こそが危機であろう。

 英国が欧州連合(EU)にとどまるか否かを有権者に問う国民投票が23日に迫っている。世論調査の結果によると、残留派と離脱派の拮抗状態に大きな変化はない。キャメロン氏の念頭にはこの問題が、またオバマ米大統領の念頭には大統領選でナショナリズムをあおるトランプ候補の存在があったに違いない。

 議長の安倍氏は中間層への分配を強めるためにも、財政拡張が有効だと一連の議論を引き取った。これは的を射た処方だろうか。

 討議終了後に外務省が公表したG7伊勢志摩首脳宣言の邦訳版はA4判31ページ。丹念に読んでも7人の指導者がそれぞれに吐露した悩みは、伝わってこない。

(伊勢志摩で)



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