権力を何に使うのか 2017/10/26 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合面にある「権力を何に使うのか」です。





 2期目に入った中国共産党の習近平総書記(国家主席)は毛沢東、鄧小平両氏に並ぶ巨大な権威と権力を手にした。習氏は権力を一身に集めて何をしたいのか。世界はそこに不安を覚えている。

 「天地をあやつる傑出した知略と遠大な計略」「限りない愛にあふれた領袖」。党大会の期間中、北京は習氏への賛辞で埋め尽くされた。

 文化大革命を思い起こさせる前時代的なことばは、最先端の国際都市に生まれ変わった北京の景色とあまりに釣り合わない。私たちが向き合っているのは、未来を先取りする経済とは逆に、政治が過去に戻る中国だ。

 鄧氏が1978年に改革開放を始めたとき、大胆にしくみを変えたのは経済だけでなかった。

 文革で毛沢東氏への個人崇拝が極まり、国がばらばらになる寸前までいった過ちを繰り返してはならない。鄧氏はそんな思いから、権力をひとりに集めない集団指導体制の構築に心を砕いた。

 習氏はそれを壊そうとしている。周りを自分に逆らわない側近たちで固め、党規約に自らの名を冠した思想を盛った。新しい最高指導部に後継候補を入れず、5年後に任期が切れても権力の中枢にとどまり続ける意欲を隠そうとしない。

 みんなで時間をかけて決めるやり方が、時代にそぐわなくなった面はある。胡錦濤前政権は派閥間の調整に明け暮れ、決めるべきことを決められなかった。汚職に手を染める幹部も相次いだ。

 米欧の民主主義国がポピュリズム(大衆迎合主義)の波に覆われるなか、権威主義的な中国のしくみが自分たちに合っているとみる途上国は増えている。強い指導者を望む世論は世界の潮流だ。習政権が2期目に入るのと同じ時期に、安倍晋三首相が衆院選で再び1強体制を固めたのは必ずしも偶然でないだろう。

 問題は、習氏が権力を何に使おうとしているかだ。中国は経済規模で米国に迫り、追い越そうとしている。習氏が権力を持続的な成長に必要な痛みを伴う改革や、国際協調に向けた外交を進めるために使うなら、それは世界の安定に結びつく。

 しかし、どうもそうはみえない。南シナ海の軍事拠点化を強行するなど国益を一方的に主張する横暴な振る舞いが目立つ。大国として、世界が共感する理念や価値観も示せていない。

 「党が一切を指導する」。習氏は政治、経済、文化のあらゆる面で党の支配を貫くと繰り返す。「国益」どころか「党益」こそがすべてと言わんばかりだ。党を強くするためだけに権力を使うのか。だとすれば、中国だけでなく世界にとって不幸である。

(中国総局長 高橋哲史)



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