砂上の安心網 ゆがむ分配(5) 「病院タダ」に潜む矛盾 2017/2/21 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の第一面にある「砂上の安心網 ゆがむ分配(5) 「病院タダ」に潜む矛盾」です。





 雪深い岩手県の山村に、目指す胸像はあった。

 西和賀町、旧沢内村。雪よけの屋根に守られた元村長、深沢晟雄さん(故人)だ。深沢さんは1961年、全国の自治体で初めて0歳の医療費を無料にした。

故深沢晟雄村長(写真中央は胸像)の思いは乳児死亡率ゼロにあった(岩手県西和賀町)

 最近、子どもの医療費を無料にする自治体が目立つ。子育て支援はとても大事だ。でも社会保障のお金は増える一方。「タダで大丈夫?」。不安になった取材班は、無料化の原点を探ろうと旧沢内村を訪ねた。

 「『赤ちゃんは村の宝もの。大事にしなさい』と村長は言っていた」と元職員、米沢一男さんは振り返る。当時、村では豪雪や貧困で乳児が多く死んだ。「赤ちゃんの命を守る」。深沢さんは闘った。無料化は国民健康保険法に反すると国や県は反対。「憲法には違反しない」と押し切った。

■住民獲得競争に変質

 半世紀たち、山村の命を守る取り組みは、自治体の住民獲得競争に変質した。

 「長男がアトピーで週1回は小児科に行く。無料はありがたい」。東京都杉並区で10カ月の子を育てる37歳の女性は無料化を喜ぶ。

 本来、医療費の自己負担額は乳幼児は2割、小学生以上は3割。だが自治体がこの分を肩代わりする無料化または低額化は、今や日本中の自治体が実施する。

 北海道南富良野町は大学生までの無料を掲げ、5日の東京都千代田区長選で当選した石川雅己氏が力説した実績も「18歳までの医療費ゼロ」だった。「福祉の党」を掲げる公明党の強い要望もあり、昨年末、政府も後押しを決めた。

 人口減に悩む山梨県中央市は高齢者への祝い金を削り、中学生までの無料化を続ける。だが財政が苦しくなれば、諦めるのは祝い金だけでは済まないかもしれない。「社会福祉は風呂敷を広げすぎると後でたたむのは難しい」(田中久雄市長)との本音も漏れる。

 子どもへの医療費は高齢者に比べて格段に少ないし、子育ての負担を減らすのは次世代育成に不可欠。ただ、気になるデータがある。

■受診の増加分3000億円

 厚生労働省の試算では、全自治体で高校生まで無料にすると約8400億円かかる。日本の防衛費の約6分の1だ。うち3000億円はタダだからと病院に駆け込むといった受診増分だ。「これが一番の問題」と慶応大の土居丈朗教授。「無料化による過剰受診で国民の財政負担が増えている」

 こんな過去を思い出す。「大学出も、70、80のおばあさんも同じ1票」。こう語ったという田中角栄元首相(故人)が「福祉元年」と宣言した1973年、70歳以上の医療費無料化が始まった。高齢者が病院に押し寄せ、医療費が急増し、10年後に頓挫した。

 次世代に優しく見える無料化は、社会保障費が膨張すれば次世代へのツケになる。タダではなく「1回ワンコイン」の負担で、コスト意識を啓発する動きもある。こんな視点がもっと広がってもいい。富裕層でもタダにするような歯止めなき無料化は「いつかきた道」にならないだろうか。



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です