経営書を読む 若桑みどり著「クアトロ・ラガッツィ」(1) 経営グローバル化の本質 異境で成果迫られた宣教師 2016/05/10 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のキャリアアップ面にある「経営書を読む 若桑みどり著「クアトロ・ラガッツィ」(1) 経営グローバル化の本質 異境で成果迫られた宣教師」です。





 タイトルの「クアトロ・ラガッツィ」とは「4人の少年」のこと。16世紀に日本に来たヨーロッパのキリスト教宣教師と、日本からヨーロッパに向けて旅立った日本人宣教師たちの話です。

 原マルティーノ、中浦ジュリアン、伊東マンショ、千々石ミゲル。日本史の授業で習う1582年の天正遣欧少年使節団です。意味も文脈も分からずに、テストのために年号と名前を暗記した人も多いことでしょう。

 歴史ノンフィクションである「クアトロ・ラガッツィ」は、時間的にも空間的にも今日のビジネスとは一見無関係に見えます。しかし本書は企業経営のグローバル化を考えるうえで重要な洞察を与えています。

 本書が描いている16世紀の日本に来たカトリック宣教師たちの経験は、グローバル化への挑戦の究極の事例といえます。この事例研究から今日の日本企業のグローバル化とその経営について、彼らの成功と失敗の体験から驚くほど多くの示唆が引き出せるのです。

 グローバル化が日本企業の経営にとってますます重要なのは間違いありません。だからとにもかくにも「グローバル化」が重要で大切で必須で不可欠で時代の趨勢、避けて通れませんよ! という話になります。ここに落とし穴があります。

 ことの本質を押さえずにグローバル化のかけ声に飲み込まれジタバタするとロクなことになりません。グローバル化の本質は単に言語や法律が違う国に出て行くことではありません。経営の「非連続性」にこそグローバル化の本質があります。

 ヨーロッパから来た宣教師たちは母国と異なる言語や文化、生活習慣に直面しました。しかし、こうした違いを克服することに一義的な挑戦課題があったわけではない。ヨーロッパでの宗教活動とはまるで違う、極東の日本という国でゼロからキリスト教を布教し成果を出さなければなりませんでした。この仕事そのものの非連続性に困難の正体があったのです。



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