経済教室 あるべき経済対策とは(上)恒常的な雇用創出こそ筋 保育・介護など充実を 小野善康 大阪大学特任教授 2016/04/19 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「経済教室 あるべき経済対策とは(上)恒常的な雇用創出こそ筋 保育・介護など充実を 小野善康 大阪大学特任教授」です。





 安倍政権の経済政策「アベノミクス」では大胆な金融緩和を掲げ2%の経済成長と2%のインフレを約束したが、経済成長もインフレも起きなかった。そのため緊急経済対策が検討され、消費増税の再延期まで議論されている。

 まず最近の景気動向をみてみよう。2014年の実質国内総生産(GDP)の伸び率は0%で、15年も0.5%にとどまる。実質家計最終消費支出(帰属家賃を除く)の伸び率は、14年がマイナス1.2%、15年がマイナス1.8%と2年連続のマイナスだ。消費者物価指数(同)も、14年4月の消費税率3%引き上げ分を除けば、ほとんど動きがない。株価上昇だけが頼りだが、実体経済の改善が見込めない中ではバブルにすぎず、長続きせずに乱高下を繰り返すことになろう。

 この間、政府は国債を大量に発行し、日銀も「異次元」の金融緩和を推し進めて国債を買い続け、国債価格を維持している。その結果、貨幣も国債も積み上がり、国家財政は世界最悪だ。金融緩和の効果を主張するリフレ派は、景気悪化の原因を中国経済や世界経済の後退に求める。しかし、この程度のことは過去20年間に何度も起きたが、消費はほとんど変動していない。

 景気後退局面でいつも打たれる対策は金融緩和と財政出動だ。いずれもお金を配る方法だが、効果はない。効果があったとしても一時的だ。

 人々が消費をする際に頭にあるのは、その時の所得よりも資産額だ。所得がゼロでも大金持ちは消費をするし、所得があっても借金を抱えていれば消費は控えられる。ところが、その資産の拡大すら消費に影響していない。日本の家計金融資産は順調に増え続け、3年で約1500兆円から約1700兆円に拡大し、1人あたりでみると世界でも5本の指に入る。しかし家計消費額は過去20年横ばいだ。

 図は1970年からの日銀のマネタリーベース(資金供給量)とGDPの関係を示す。90年代初頭までこれらは比例して伸びていたが、それ以降はマネタリーベースを増やしてもGDPは増えていない。アベノミクスでも極端にマネタリーベースを増やしたが、全く効果がみえない。

 GDPが伸びていない以上、横軸を貨幣供給総額にしても、金融資産総額にしても、形状は同じだ。金融緩和で株価が上がっても国債が増えても、景気に効果はない。

 財政出動も金融緩和と同様に、民間にお金を回せば需要が膨らむという前提に立っている。しかし、金融資産が毎年50兆円規模で膨らんでも効果がないのに、財政出動で借金を増やしながら、一時的に数兆円を配ったところで、効果があるはずがない。公共事業なら、その分はGDPに計上されるが、効果は一時的で、終われば元のもくあみだ。

 消費税率2%引き上げ再延期の議論も、同じ発想に基づく。増税とはマイナスの財政出動であり、景気を悪化させると思われているからだ。だがそれによる負担増は年間5兆円ほどであり、この程度で消費が下がるはずがない。

 効果のない一時的なばらまき政策で財政状況を悪化させれば、ただでさえ異常なペースで膨らんだ通貨と国債の信用をさらに損なう。また、景気後退を理由に財政出動と消費増税の再延期を続けるなら、今後もそれが繰り返されるとの予想を生む。この予想形成こそが最も危険で、金融危機を引き起こしかねない。

 お金を配っても景気への効果がないとすれば、どのような政策がよいのか。それは、一時的ではなく恒常的な雇用をつくることである。それにより生活に安心感が生まれる。失業が減るから賃金低下も止まり、デフレ圧力も軽減される。その結果、買い控えも収まって消費が上向く。

 なお、この波及効果は小さくても構わない。雇用をつくる第一義の目的は、働きたい人に働く場を提供し、役に立つ物やサービスの供給を増やすことだからである。

 このとき3つの論点が浮かび上がる。資金はどうするか、民間企業に雇用拡大を促す場合との違いは何か、どの分野で雇用をつくるか、である。

 恒常的に政府が雇用をつくるためには、恒常的な財源が必要になる。このとき、今以上の国債発行や金融緩和には百害あって一利なしなので、財源は増税しかない。消費税2%程度でも100万人の雇用創出は可能だ。さらに、資産がこれだけ増えても景気に影響がないということは、増税しても景気にマイナスの影響はないことを意味する。

 確かに、これまでの増税時には景気は変動した。しかし、それは動学経済理論が示す通り、増税前後の駆け込み需要と反動減であり、景気のトレンドとは無関係だ。

 民間に補助金などを通じて雇用拡大を促すのはどうか。最終需要をつくらずに雇用だけを増やしても、仕事の取り合いに終わる。安倍晋三首相は一億総活躍社会、女性の活躍と雇用の拡大を掲げる。だがGDPが増えない中での女性就業者数の拡大は、1人あたりの生産性低下にすぎず、国民生活は豊かにならない。労働条件の悪い非正規雇用を増やすばかりで家計あたりの所得も増えず、将来不安からも逃れられない。最終需要を増やす以外、解決策はない。

 民間企業による最終需要の開拓を促す方策はないのか。民間企業が自ら従来の代替品ではない新製品をつくってくれれば、一番よい。それを促すのが成長戦略だ。しかし、歴代の政権はすべて成長戦略を掲げ、各種の投資補助金や研究開発補助金も試したが、目新しい物は簡単には生まれず、GDPは横ばいのままだ。そもそも、そうした分野があるならば、政府に言われなくても参入している。政府が自分でつくるしかないのだ。

 それでは、どのような分野に需要をつくるべきか。

 民間企業より素晴らしい新製品を考えることなど期待できない。従来の民間企業がつくっている製品と競合するような物をつくるのでは、民業を圧迫するだけだ。特別な物をつくらなくても、必要な公共サービスはたくさんある。

 例えば保育、介護、再生可能エネルギーの充実などだ。介護の現場ではきつい労働のうえに低賃金で、人手が不足している。介護離職や保育園探しも大問題になっている。これらは民生品と競合するどころか、補完的であるとともに、恒常的に必要であることから、雇用も安定する。

 以上の考察は、高齢化に伴う年金・医療・介護などの社会保障制度にも当てはまる。このうち年金は現役世代から高齢者への再分配、医療や介護は雇用創出である。そのため年金の支払いは生活困窮者層にとどめ、それ以外の資金は介護や医療、観光や文化、健康などの分野で現物支給に回せばよい。高齢者はサービスが得られ、費用は現役世代の雇用創出と所得になる。

 具体的には、介護・医療施設の充実や人材確保、文化や観光の期限付きクーポン券支給が考えられる。それよりお金を、という高齢者もいるだろうが、これらが不要ならばお金も不要なはずだ。そもそも日本の高齢者はお金持ちで、家計金融資産の約半分は65歳以上が持っている。

 お金が増えても消費に結びつかないほど豊かになった今、一時的にお金を配るという旧来の景気対策から脱却し、恒常的な雇用を保障する新たな経済体制を構築するような発想の転換が必要だ。

ポイント○資金供給量が増えてもGDPは変わらず○ばらまき政策で財政悪化すればリスク大○高齢者への現物支給なら雇用創出に効果

 おの・よしやす 51年生まれ。東京大経済学博士。専門はマクロ動学



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