経済教室 あるべき経済対策とは(中) 賃上げ通じ消費底上げを 政府、景気判断早期に 稲田義久 甲南大学副学長 2016/04/20 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「経済教室 あるべき経済対策とは(中) 賃上げ通じ消費底上げを 政府、景気判断早期に 稲田義久 甲南大学副学長」です。





 筆者は2014年7月22日付本欄で、超短期予測(CQM)を用いて消費増税後の日本経済の厳しさを分析した。その予測通り、14年4~6月期の実質国内総生産(GDP)は大幅減となった。7~9月期も2四半期連続のマイナス成長となったことを受け、安倍晋三首相は消費税率10%への引き上げを17年4月まで1年半延期すると表明した。

 いま再び同様の展開が起きようとしている。3月8日に公表された15年10~12月期のGDP改定値は、前期比年率1.1%減と2四半期ぶりのマイナス。速報値からは若干の上方修正だが、足元の景気の悪さが確認された。16年は中国経済をはじめ世界経済の減速の影響が大きく、景気下押しリスクが高まっており、日本経済は内需、外需ともにけん引力不在の状況だ。

 安倍首相は消費増税再延期の条件について、リーマン・ショックや東日本大震災のような重大な事態の発生から、世界経済の収縮と微妙に言い回しを変えてきた。有識者の意見を聞く「国際金融経済分析会合」でも、消費増税の先送りを支持する意見が多い。タイミング的には、5~6月ごろに再増税を再延期し、その後衆参同日選に踏み切るのではないかとの観測もある。ちなみに、5月18日が16年1~3月期のGDP速報値、6月8日が改定値の発表日だ。

 安倍政権の経済政策「アベノミクス」がスタートして3年余りが経過した。12年10~12月期と足元のGDPを比較すると、この間、実質GDPは2.1%増加した。内訳をみると、民間最終消費支出や民間住宅は減少する一方、民間企業設備、公的固定資本形成、輸出は大幅に増加した。このことはアベノミクスの特徴をよく表している。

 円安・株高の追い風を受け企業収益が高まり、生産、雇用や企業設備を増やしたが、一方で家計にその成果(トリクルダウン=浸透)が十分行き渡っていないことは明らかだ。成長戦略が十分な成果を上げていない。この間、潜在成長率の天井が低下しており、そのため外的なショックにより日本経済がマイナス成長に陥りやすくなっている。

 民間消費の代表的な指標である消費総合指数をみてみよう。2月は前月比0.2%低下し、3カ月ぶりのマイナスとなり、依然低下傾向にある。消費増税時点からの消費動態を前回増税時(1997年)と比較すると、前回は増税後の7月時点で民間消費は前年平均を超えたが、今回は極めて緩やかな回復にとどまり、昨年夏以降むしろ減少傾向となっている(図参照)。

 消費税率10%に日本経済が耐えられるかは実質所得の回復が伴うか次第だ。前回消費税率5%への引き上げの影響が小幅にとどまったのは、増税後も名目および実質の雇用者報酬が前年同期比で増えており、減少に転じたのはアジア金融危機後だ。これに対し、14年の実質雇用者報酬は増税前から減少に転じていた。

 1年前の景気見通しの多くは、15年度は実質所得増が伴う回復になるというものだった。ボーナス増やベースアップ(給与水準の底上げ)により実質賃金が増えることが期待されたが、結果は裏切られた。毎月勤労統計調査によれば、15年の実質賃金は前年比0.9%減となり4年連続のマイナスとなった。一方、法人企業統計が示すように、企業収益が高水準の中で設備投資を控えたため、企業は大幅な資金余剰となっている。

 民間消費の低迷が低成長の原因ならば、余剰資金を賃金に振り向けることで家計消費を回復させれば、景気低迷を脱することが可能となる。要は分配のバランスへの配慮である。賃上げを通じて民間消費の底を厚くし、一方で賃金上昇がもたらすコスト増は、生産性拡大につながる投資を促進することで民間消費と企業設備の需要サイドの好循環が生まれる。この好循環を回すことに注力すべきだ。

 いま消費停滞の背景にあるのは実質所得の伸び悩みだ。実質賃金が減少する一方で、好調な労働市場による雇用増加でかろうじて実質雇用者報酬は維持されている。消費税率10%への引き上げの影響を最小限に抑えるためにも、補正予算の議論はさておき、まず政府は賃金上昇から消費拡大の好循環を目指すことを積極的に説明し、増税への理解を求めるのが正道であろう。同一労働同一賃金の路線を強力に推し進めるべきだ。

 昨年の実質賃金や実質所得の増加が期待外れに終わったのは、それが大企業にとどまり、中小企業に広がらなかったことが原因と指摘される。いまでは賃上げの動きは非正規労働の市場から始まっている。雇用者報酬と企業利益の拡大の好循環に注力しなければ、国民所得は増加せずデフレから脱却できない。

 東日本大震災により日本の実質GDPは2.6%減少した(10年10~12月期と11年4~6月期の比較)。リーマン・ショック時には7.2%も減少している(08年7~9月期と09年1~3月期の比較)。問題は今後日本経済がこうしたショックに直面するかだ。

 筆者は足元の景況についてCQMで総合的な判断をしている。毎週発表される月次データを逐次予測に取り込むことで、景気のトレンドを市場コンセンサス(合意)より1カ月程度早く正確にとらえられる。足元の16年1~3月期もマイナス成長だが、16年度に入り日本経済は緩やかに回復していくと予測する。

 世界経済は減速しているがハードランディング(急激な悪化)は避けられるというのが大方の予測だ。エコノミストのコンセンサス(ESPフォーキャスト4月調査)では、16年度の日本経済の実質成長率は0.9%のプラス、17年度はほぼ横ばいだ。

 消費増税延期の判断に当たっては、より正確で早期の総合的な景気判断、GDPを早期に正確に予測できる仕組みが必要だ。地域創生の流れを考慮すれば域内総生産(GRP)も同様で、GRPの早期推計化をはかり早期の正確な診断ができるシステムも欠かせない。いまやCQMやGDPナウなどの手法が確立されており、加えてビッグデータを効率的に使い、景気診断を早めることが重要だ。政府は早期に正確な景気診断を下すための会議を設立すべきだ。これは短期的な経済対策としても機能すると考えられる。

 一方、長期的な日本経済の課題からは対応すべき経済対策がみえてくる。世界中で進行しているIT革新による経済構造の変化だ。これにより多くの雇用が失われる一方、多くの新規雇用創出の可能性がある。この過程では必ず生産性の向上が伴っており、インフレ率は低く抑えられ容易に加速することはない。そのため金融政策だけでデフレ経済からは脱却できない。

 囲碁対決でもみられたように、ディープラーニング(深層学習)を導入した人工知能(AI)の進展を考えれば、IT革新の影響はこれから本格化する。よって最大の課題は、IT革新に遅れる労働者・企業を支援するとともに、IT革新による新しい付加価値や雇用の創出を可能にする規制緩和を進めることだ。

 日本経済にとって長期の課題は人口減への対応だ。この課題から、健康・医療産業の発展、インバウンドツーリズム(訪日外国人の観光事業)の振興を徹底する成長戦略がみえてくる。これにはITの強力な援用と、それに堪えうる人材育成が欠かせない。

〈ポイント〉○企業収益拡大の成果が家計に行き渡らず○97年増税時に比べ民間消費の回復遅れる○IT革新が雇用創出招くよう規制緩和を

 いなだ・よしひさ 52年生まれ。神戸大博士(経済学)。専門は応用計量経済学



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