経済教室 中国経済の行方(中) 国有企業の非効率性弊害 柯隆 富士通総研主席研究員 2015/08/20 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「経済教室 中国経済の行方(中) 国有企業の非効率性弊害 柯隆 富士通総研主席研究員」です。





 世界経済のけん引役として期待される中国経済が急減速している。中国政府は2015年の経済成長率目標を7%前後としている。国家統計局によれば、第1四半期の成長率は7%、第2四半期も7%だった。これは果たして全くの偶然なのだろうか。

 中国政府は7%程度の経済成長を、改革と成長の両立をめざす「新常態(ニューノーマル)」と定義しているが、実際の成長率は7%を大きく下回っているとみられる。

 景気減速について、中国国内の一部の専門家は景気循環による一時的なものだと指摘している。習近平国家主席の経済ブレーンで、中国共産党の経済運営の最高決定機関「中央財経指導小組」の事務局トップを務める劉鶴氏も「中国経済も株式市場も問題はない」と断言している。

 習政権発足から約2年半が経過した。その間、最も力を入れたのは汚職撲滅だった。共産党中央レベルの幹部が相次ぎ追放された。専門家の間では、今回の汚職撲滅は権力闘争の一環との指摘がある。

 汚職撲滅に重点的に取り組んだ結果、経済制度改革や構造転換は大幅に遅れた。李克強首相は2年半前、構造転換や「脱・レバレッジ(過剰債務)」と拙速な金融緩和の回避を掲げ、メディアは「リコノミクス」と称した。しかし今や、リコノミクスは中国国内で死語のようになっている。構造転換が遅れ、レバレッジは一層拡大し、大規模な金融緩和が実施されている。

 景気減速を食い止めるための金融緩和は株価の急上昇をもたらした。個人に信用取引を認めたことがそれに拍車をかけた。上海株式市場の株価総合指数はわずか1年で約2.5倍も上昇した。

 しかし今年6月以降、株式相場は下落に転じた。株価の急落は政策当局に対する警鐘と受け止めるべきだ。株価急落に伴う負の資産効果により中国経済はさらに減速すると予想され、それを受けて企業の投資マインドは一層悪化する可能性が高い。

 習政権の汚職撲滅は国民の間で広く支持を集めているが、株価の急落とさらなる景気減速は社会不安リスクに発展する恐れがある。

 外需も内需も弱まる中で、企業が調達した資金で設備投資をすると、在庫増加と過剰設備の問題を抱えてしまう。1年ほど前から不動産投資が減速して以降、自動車産業の過剰設備比率は50%に達しているといわれる。過剰設備の問題はそれにとどまらず、川上の建材産業に飛び火し、セメント、鉄鋼、板ガラス、アルミなどでも軒並み25~30%の過剰設備を抱えている。

 中国経済の最大の問題は、国有銀行や国有企業など国有セクターの非効率性である。朱鎔基元首相の時代に「掴大放小」(大型国有企業の国有制の維持と小型国有企業の払い下げ)が進められた。それ以降、温家宝前首相の時代に「国進民退」(国有企業が前進し、民営企業が後退する)が進み、国有企業による市場独占は一層顕著になった。さらに最近では、習主席は「党による国有企業への指導を強化する」との談話を発表した。

 国有企業は基幹産業のほとんどを支配しているため、その改革を断行せずに、経済の持続的発展を実現することはできないであろう。

 中国政府はシンガポールの政府系投資ファンド、テマセク・ホールディングスの経営モデルを見習って、大型国有企業の改革に着手しようとしている。すなわち、国有企業を民営化せずに、収益性の改善をめざしている。専制政治において政府が国有企業に恣意的に介入することで、国有企業の経営を改善できるだろうか。否、政府や党による国有企業に対するコントロール強化は、「改革・開放」前の時代への逆戻りを意味するといわざるを得ない。

 12年11月に開かれた第18回中国共産党大会で議決された「市場メカニズムをさらに機能させる」との決定は正しい認識だった。しかし、市場メカニズムを正常に機能させるためには、自由な市場環境が不可欠である。

 ここで、中国経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)を検証しよう。冒頭で述べたように、国家統計局が発表する実質国内総生産(GDP)伸び率は明らかに過大評価されている。

 李首相がかつて注目していると発言した銀行融資残高、電力消費量、鉄道貨物輸送量をもとに、「李克強指数」が作成されている。同指数ではこの3つの指標のウエートは電力消費量が40%、鉄道貨物輸送量が25%、銀行融資残高が35%になっている。15年上期(1~6月)の同指数の伸び率は2%台に下落している(図参照)。個別にみると、銀行融資残高は14%前後伸びているが、電力消費量の伸び率は1.3%しかなく、鉄道貨物輸送量はマイナス10%程度と大きく落ち込んでいる。

 中国経済が大きく落ち込んでいる原因は、けん引するエンジンの弱体化にある。主要産業の過剰設備問題は景気循環によるものではなく、李首相が進めようとする構造転換が遅れた結果引き起こされた。すなわち個人消費が伸び悩む中で、政府は設備投資を促進することで経済成長率目標を達成しようとするから、過剰設備が生まれている。

 その中で、銀行融資の増加は、企業の競争力の強化に寄与しておらず、不動産バブルと株式バブルをもたらしている。金融市場に流動性は十分提供されても、民間企業はイノベーション(技術革新)に取り組む意欲が弱い。そもそも国有企業が市場を独占し知的財産権がきちんと保護されていないことが、民間企業のイノベーション意欲の弱さの背景にある。なぜならば、研究開発の成果が他社にコピーされる恐れがあるからだ。その結果、中国は製造業のブランド力が確立していない。

 中国経済の足元がふらつく中で、中国政府は壮大な経済計画を公表している。一つは「一帯一路」と呼ばれる現代版シルクロードプランである。それは主として道路、鉄道と海運からなるインフラ整備プロジェクトである。

 もう一つは、新産業政策「中国製造2025」というブランド化戦略である。果たして政府主導でブランド力を強化する戦略が成功するだろうか。政府は16年から始まる第13次5カ年計画の作成に着手している。そこでは、12年11月の共産党大会で議決された改革を遂行し、構造転換と企業のイノベーションを推進していくことが必要である。

 毎年夏、中国の指導者たちは河北省の避暑地、北戴河に集まり、指導部の人事や経済運営の方向性について議論する。これは俗に「北戴河会議」と呼ばれる。今年の中心的議題は第13次5カ年計画にあるといわれる。問題は、いかなる経済改革を進めようとしても必ず既得権益集団に阻まれてしまうことだ。それゆえ、経済改革は政治改革とセットで進めなければならない。

 中国経済は歴史的な分水嶺に差し掛かっている。一つの道は、市場経済にまい進し、大胆な経済改革を推進することである。それを実現するには段階的に政治改革を進める必要がある。もう一つの道は「改革・開放」前の統制経済に逆戻りすることである。国有企業に対するコントロールの強化はその表れであるかもしれない。しかし、統制経済への逆戻りは国民に支持されない。いずれの道も共産党にとっていばらの道となろう。

〈ポイント〉
○内需不足と過剰投資で過剰設備が深刻に
○政府や党による国有企業の管理強化顕著
○経済改革は政治改革と一緒に進める必要

 か・りゅう 63年生まれ。名古屋大修士(経済学)。静岡県立大特任教授



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です