経済教室 分断危機を超えて(6) 米政治、多数党不在で混乱 価値観重視、対立招く ジョン・ハムレ 米戦略国際問題研究所所長 2016/01/11 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「経済教室 分断危機を超えて(6) 米政治、多数党不在で混乱 価値観重視、対立招く ジョン・ハムレ 米戦略国際問題研究所所長」です。





 日本の親しい友人から、米国の大統領選挙についてよくこんな質問を受ける。「一体どうなっているのか。米国人はおかしくなっているのか。米国はどこへ向かうのか」と。

 確かに現在の米国は少しおかしいし、米国人は混乱している。これは個人の問題ではなく、もっと根深く本質的な問題である。現在の混乱を理解するためには、少しばかり歴史を振り返る必要がある。本稿では、米国の政治が現在なぜ混乱しているのか、その根本的原因の解説を試みる。

 今日の形の民主党が発足したのは1930年代だ。当時の米国は2つの重大な問題に直面していた。第1は大恐慌で、米国の民主主義と資本主義の土台を揺るがしかねない重大な脅威だった。第2はファシズムと共産主義という民主主義に対抗するイデオロギーの台頭だ。当時の米国では、民主主義が存続しうるのか、公然と議論されていた。何しろ国民の3分の1が失業していた時代である。人々は米国社会の公正性を疑っていた。正統性の危機である。

 こうした中で、ルーズベルト大統領が明確なメッセージを掲げて選挙に勝利した。米国は成功できる。しかしそのためには政府が積極的に関与し、個人の能力発揮を妨げている要因を取り除かなければならない。市民が成功する条件を整えるには、米国政府の関与が欠かせないと訴えた。

 ルーズベルト大統領と民主党は、近代的な大きな政府づくりに取りかかった。社会保障制度を創設し退職者や障害者を守り、米食品医薬品局(FDA)を設けて安全性を確保し、証券取引委員会を設立し株式市場を規制するなど、積極的に行動した。政府は大きく行動的になり、市民のためのセーフティーネット(安全網)を整備し、米国社会の公正性を確保するという目的の下に民間部門を規制した。

 この戦略は大成功を収め米国は本質的な変貌を遂げる。70年までには、民主党は米国政治の構図を塗り替えることにあらかた成功していた。米国政府は、公正な社会の維持と機会の創出に積極的に関与する政府になったのである。

 民主党はさらに人種差別、妊娠中絶、同性愛者の人権など、異論の多い問題にも踏み込んでいった。ベトナム戦争を巡る議論も拍車をかけた。だがこれらの問題は民主党内に亀裂を引き起こし、保守派は離党し共和党に加わった。

 一方、キリスト教右派の「福音派」は道徳的価値観の堕落を憂慮し、教会の説教では米国は救えないと悟る。積極的に政治に関与して社会を改革することが必要であり、政府の力で米国的価値観の堕落に歯止めをかけ、米国を救わなければならないと考えた。

 こうした「価値観」重視の政治の出現は、共和党内の対立を招く結果となった。伝統的な共和党は、個人生活への政府の関与を嫌う。一方、福音派や保守的な価値観を持つ人々は、政府の力を使って個人の生活を変えようとする。こうして共和党内では必然的に緊張が高まっていった。

 そしてブッシュ(子)政権時代に共和党の分裂は一段と深まる。年金生活者を対象に処方薬代を政府が負担する医療保険改革案をブッシュ大統領が打ち出したのだ。

 60年代にジョンソン大統領がメディケア(高齢者向け公的医療保険)を創設して以来、最大の政府負担増を共和党の大統領が支持したとして、財政規律を重んじる保守派は激怒した。これを契機にティーパーティー(茶会)が出現する。つまりこの運動はオバマ大統領批判ではなく、医療保険制度の適用拡大を税金で賄うことに賛成したブッシュ大統領への反発として発足したのである。

 今日の共和党は、伝統的共和党員とリバタリアン(自由至上主義)共和党員による内紛を抱えている。後者に言わせれば、前者はワシントンの政治的駆け引きにうつつを抜かしているだけだ。共和党が米国の政治で主役になるためには、伝統的な共和党をまず打倒する必要があるという。

 こうした状況から言えるのは、現在の米国政治で実は多数党は存在しないということだ。民主党は有権者の25%の支持を確実に得られる。伝統的な共和党は20~25%、リバタリアン共和党は10%の支持を得られる。残りは、3つのどれも好まない無党派層だ。

 米国では議会の与党と大統領の出身党が異なることは大いにあり得る。米国憲法は政府の権力を分散させており、議会で可決された法案も大統領が署名しない限り発効しない。大統領は政策の実行に予算を要求できるが、議会の承認が必要だ。大統領と議会は法律を制定できるが、最高裁判所が違憲判断を下せば取り消される。権力が分割されているため、三者が合意に達しない限り何もできない。

 今日米国が混乱に陥っているのは、多数党が存在せず、かつ共和党がオバマ大統領に協力したがらないからだ。共和党も民主党も、将来に待ち受ける困難な課題に答えは持ち合わせていない。どちらも解決策を掲げるのではなく、相手を批判して選挙に勝とうともくろんでいる。

 米国の民主政治は今や分裂状態だ。そして国際政治の場で米国はこの困惑と迷いを露呈している。その典型例をシリアに見ることができる。

 オバマ大統領は、戦争を終結させ新たな戦争を始めなかった大統領として名を残したい。だからシリアでの大規模な戦闘は許可しないだろう。一方、共和党はシリアへの米兵派遣を支持するわけにいかない。アフガニスタンとイラクで不毛な戦争を始めたことで有権者から批判されているからだ。両党ともに、米国民が戦争に神経質になっていることをよく承知している。米国が国家として混乱し確信が持てないように見えるのは、こうした理由からだ。

 もう一つ、アジアの友人に会うと「アジア回帰はどうなったのか」と必ず聞かれる。オバマ大統領は2011年に欧州中心の政策を修正し、アジアに軸足を移すと明言した。だがアジアの友人たちには、そうは見えないらしい。

 この政策転換の意義は改めて指摘するまでもあるまい。米国は350年にわたり、つまり国家として独立する前からずっと欧州重視だった。何を考えるにも計画するにも欧州が常に最優先されてきた。従ってオバマ大統領は「アジア回帰」を打ち出した時、その本質的な重要性に気づいていたに違いない。現在のアジアは、国際政治でもビジネスでも主役である。米国が最優先するのはアジアだ。

 国内政治の分裂で米国が混乱していても、最優先すべきがアジアであることは、米国人なら誰でも知っているはずだ。米国は何よりもまず、日本や韓国との重要な同盟に基づいて戦略を構築しなければならない。そしてアジアのすべての国と協調し、信頼と相互扶助の関係を築く必要がある。良きパートナーとして常にアジアとともにあること、アジアの政治環境において一国が他国を威嚇しないようにすることが米国の戦略だ。

 確かに米国はこのところ混乱している。だが日本は米国の日本に対するコミットメント(約束)について心配する必要はない。日米の絆は揺るぎなく、それは今後も変わらないと筆者は確信している。

=この項おわり

 John Hamre 50年生まれ。ジョンズ・ホプキンス大博士。クリントン政権で国防次官、国防副長官。00年より現職



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です