経済教室 大転換に備えよ(2) アジアの経済減速、火種に 米 に多国間主義回帰を説け 白石隆 政策研究大学院大学学長 2017/1/5 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「経済教室 大転換に備えよ(2) アジアの経済減速、火種に 米に多国間主義回帰を説け 白石隆 政策研究大学院大学学長」です。





 2016年6月、英国民は国民投票で欧州連合(EU)離脱を選択した。11月の米大統領選挙ではドナルド・トランプ氏が勝利した。反グローバリズムと内向きの排外的ナショナリズムが欧米で勢力を伸ばしつつあることは疑いない。仮に17年のフランス大統領選挙で極右・国民戦線を率いるマリーヌ・ルペン氏が勝利すれば、欧州統合の潮目ははっきり変わるだろう。

 また中央アジアから中東、アフリカにかけての地域では破綻国家が広がり、イスラム主義武闘派の勢力が拡大している。これも脅威である。

 ではアジアはどうなりそうか。2点指摘したい。

 その一つはトランプ新政権の外交・安全保障・対外経済政策である。トランプ氏は「アメリカ・ファースト」(米国優先)をうたう。これは米国の行動の自由をできるだけ拡大し、国益優先で対外政策を推進するということだ。そのため米国外交の基本姿勢はオバマ政権のマルチラテラリズム(多国間主義)から、ブッシュ(子)政権時代と同様、ユニラテラリズム(一国主義)に振れるだろう。

 トランプ氏は反グローバル化の立場を代表するとも言われる。これも一般にはその通りだ。しかし米国のグローバル化政策にはいくつかの要素がある。国境を越えた資本移動の自由化はレーガン大統領からクリントン大統領の時代に進展した。通商自由化もレーガン時代に始まり、クリントン時代に北米自由貿易協定(NAFTA)と世界貿易機関(WTO)をもたらした。

 民主主義推進も1986年のフィリピン民衆革命、87年の韓国民主化にみる通り、レーガン時代に始まった。トランプ氏は民主化推進には関心がないだろう。NAFTA再交渉など、通商自由化の現状をどれほど巻き戻そうとするかは不明だが、自由化の趨勢もしばらく頓挫するだろう。

 しかし資金移動の自由は確実に維持される。インフラ整備一つ考えても、資金を海外から米国に還流させることは米国の利益だからだ。

 ではアジア太平洋政策はどうか。オバマ大統領はアジア太平洋に軸足(ピボット)を移すリバランス(再均衡)政策を推進してきた。

 具体的には(1)太平洋50、大西洋50で配備されていた軍事力を太平洋60、大西洋40と太平洋に比重を置いて再配備する(2)日本、オーストラリアなどの同盟国に加え、ベトナム、インドネシア、シンガポール、インドなどのパートナー国、東南アジア諸国連合(ASEAN)との政治的連携を強化する(3)21世紀の通商秩序を構築し、環太平洋経済連携協定(TPP)をそのモデルにする――というものだ。

 トランプ氏は既にTPP離脱を表明した。米国が批准しなければ発効しないから、TPPはとりあえず頓挫する。一方、アジア太平洋で軍事力再配備の基礎にある米国の前方展開戦略が見直されることはあり得ない。従ってその土台となる日米同盟も揺るがない。ただ、パートナー国との連携、ASEAN地域フォーラム(ARF)、東アジア首脳会議など、それ以外の拡大ASEAN(ASEANプラス)のプロセスへの関与がどうなるかは分からない。

 まとめて言えば、トランプ新政権は自己中心的に国益重視のリアリズムの力の外交を展開する可能性が高い。

 もう一つはアジアの政治経済的動向である。欧米とアジアでは96~05年と06~15年で1人あたり実質国内所得の伸び方が違う(表参照)。欧米では96~05年、1人あたり実質国内所得が順調に伸びた。主要先進国で伸び悩んだのは日本だけだった。だから「日本病」と言われた。しかし06~15年にはドイツを例外として、伸びは日本と同じか、それ以下となった。「日本化」が言われるのはそのためだ。

 しかしここで重要なのは(1)冷戦終結以降、欧米経済は07年の国際金融危機まで順調に成長し、人々の生活水準が向上し期待も膨らんだ(2)ところがその後、経済は伸び悩み、人々の期待も裏切られた(3)だから多くの人々は、エリートは自分たちのことしか考えていない、政治が悪いと怒っている――ということだ。

 ではアジアはどうか。アジア諸国の1人あたり実質国民所得は96~05年よりも06~15年の方が伸びた。その結果、人々の生活水準は冷戦以降、一世代で大いに向上し、自分たちの生活はこれからもっと良くなる、子供たちの生活は自分たちよりずっと良くなるとの期待が膨らんでいる。従って今のところ、政治が悪いとも思わなければ、グローバル化に反発する理由もない。

 しかしこれから先は心配である。アジア諸国の経済が今後も今までと同様、順調に成長し、人々の生活がもっと良くなるという保証はない。また韓国、タイ、中国などではこれから高齢化社会が到来する。つまり社会保障システムの充実も大きな課題である。経済成長が減速し、生活は期待したほど良くならない。社会保障は貧弱で、将来が心配だ。そういうことになるとアジアでも、政治が悪いという不満が高まりかねない。

 そのとき人々の怒りがどこに向かうのか。国によっては、怒りが宗教的不寛容と結びつき、内向きのナショナリズムとして表出するところもあるだろう。それ以上に懸念されるのは、怒りがナショナリズムの形で外に向かうことだ。

 これは特に中国について言える。経済は既に減速し始めている。党国家体制の腐敗に対する人々の不満と不信も大きい。生活は今後もっと良くなるはずだという期待が裏切られ、政治が悪いと人々が怒り出す可能性は十分ある。

 一方、中国の指導者は既に自分たちがアジアの盟主になるつもりでいる。習近平国家主席が「中国の夢」を語り、力によって南シナ海、東シナ海での現状変更を試み、またアジアから欧州に至る経済圏構想「一帯一路」の経済協力により周辺諸国を懐柔し、中国中心の勢力圏を構築しようとしているのはそのためだ。そういうとき、米国の新政権が力の政治を前面に押し出せば、米国は中国ナショナリズムの格好の敵となるだろう。

 では日本はどうすべきか。新興国の台頭、特に中国の台頭でインド・太平洋の地域秩序は確実に変容している。重要なのは、この現実を見据え、多国間でルールを作り、地域の秩序を進化させることだ。

 そのためには「アメリカ・ファースト」でユニラテラルに行動することが結局は、米国の利益にはならないこと、マルチラテラリズムこそ長期的に米国の利益になることを新政権に説く必要がある。加えて、日米同盟の強化、日米同盟を基軸とする地域的なハブ(軸)とスポーク(放射状に伸びる線)の安全保障システムの強化とネットワーク化、広域自由貿易圏の構築に努めることが求められる。

 またアジアでインフラ整備が大きな課題であるだけに、日米共同でアジアのインフラ整備を進めることも重要だ。

 トランプ氏がどのような外交・安全保障・対外経済政策をとり、中国や他のアジア諸国がこれにどう反応するか、それによりアジアの国際関係は大きく変わる。日本は超大国ではない。しかし小国でもない。日本がどう動くかはアジアの国際関係を左右する。

 日本は右往左往することなく、この地域の安定勢力、予見可能性の高い信頼される国として、これまでの外交・安全保障・対外経済政策を推進していくことが肝要である。

ポイント○トランプ新政権は国益優先で一国主義へ○アジアの経済成長で人々の不満表出せず○多国間でルール作り秩序進化させる必要

 しらいし・たかし 50年生まれ。コーネル大博士。専門は国際関係論、東南アジア研究



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