経済教室 戦後70年 税制 残された課題(下) 所得税の課税力強化を 田近栄治 成城大学特任教授 2015/08/03 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「経済教室 戦後70年 税制 残された課題(下) 所得税の課税力強化を 田近栄治 成城大学特任教授」です。





 所得税は戦後一貫して国の税収の30%前後を生み出し、日本の財政を支えてきた。2014年度の所得税収入は15兆8千億円で、国税収入の28.4%を占める。同年度の消費税収入は15兆3千億円で、税の主役の座は消費税に譲りつつあるが、戦後日本の税制を所得税抜きに語ることはできない。本稿では所得税の変遷、現状と課題、および改革の道筋について述べたい。

 戦後日本の所得税は、1949年の「シャウプ勧告」を出発点とする。その2つの柱は、労働所得や利子・配当・譲渡益からなる資本所得を一括して課税する総合課税と、納税者本人による税務申告であった。しかし、経済成長の原資である国内貯蓄を増強し、それを資本市場に誘導するために資本所得への課税は分離課税とされたうえ、様々な優遇措置が施された。

 その一方で、個人の住宅ローン金利の控除を認めないことにより、銀行融資の徹底した企業への投入が図られた。申告納税の面では、ほとんどの給与生活者は勤め先での年末調整により納税事務が完結する仕組みがつくられた。

 このように形成された日本型所得税は「労働所得への天引き課税」であり、折からの高度成長で中間所得層が拡大する中で、政府が税収を確保することを可能とした。

 一方、所得税率は極めて累進的で、70年度時点では所得区分は19段階からなり、税率は最低10%から最高75%であった。60年代から70年代初めには、増える税収の国民への還元が続いた。所得税率は超過累進的で、税負担はインフレで膨らんだ分を含めてそれ以上の率で増大するので、絶えず減税する必要があった。

 当時、福祉元年と称して老人医療費無料化や年金支給額引き上げが実施された。だが皮肉なことに経済は大幅に減速し、75年には3兆円の歳入欠陥が生じる。所得税をめぐる風景はそれ以降一変する。

 大蔵省は財政健全化を標榜し、新しい財源として付加価値税の導入を図ったが、「一般消費税」構想は79年に失敗に終わる。その後「公正、公平、簡素、活力」をキーワードとして、大型間接税の導入と引き換えに、所得税の見直しの機運が高まっていった。

 89年に「抜本的税制改革」が成立、消費税が新設されると同時に、所得税減税が実施された。累進性の緩和、各種控除額の引き上げ、配偶者特別控除と特定扶養控除の創設が実現した。90年代に入ると、景気回復の切り札として、所得税減税が繰り返された。

 いま日本の所得税はどのような姿になっているのだろうか。表は、経済協力開発機構(OECD)がフルタイム労働者を前提に集計した、各国の単身者の平均労働所得への税と社会保険料負担(国と地方の合計)を示している。

 日本の特徴として次の2点が挙げられる。第1に、税の負担率が各国と比べて著しく低い。これは平均的な負担率だが、限界税率、すなわち所得増加に伴う負担の増加率も各国より低い。税率の低さだけでなく、控除額が大きいため課税所得が小さくなっていることも一因と考えられる。

 表では、所得控除率として労働所得に占める各種控除合計の割合も示している。日本の所得控除は平均所得の50%を超え、国際的な標準から大きく外れている。オランダ、スウェーデンのように、所得税における控除をほぼ完全に排除し、低所得者の負担軽減のために税の還付(税額控除)をしている国もある。

 第2に、日本の社会保険料負担率は平均的労働者にとって必ずしも低くない。高齢化に伴う年金、医療、介護保険などに要する社会保険料はすでに国際的水準に近い。社会保険料の多くが現役の労働者の負担となっていることにも留意すべきだ。長期のデフレや企業の海外移転の結果、国内では雇用の流動化・非正規化が進み、現役、特に若年労働者の賃金が停滞したままである。現役・若年労働者は二重の負担を強いられている。

 現状を踏まえて、日本の所得税の改革について考える。その際、社会保障の財源が確保されていないことを前提とすべきだ。国の予算で年金、医療、介護、雇用保険や生活保護などにかかる社会保障関係費は15年度で31兆5千億円に対し、所得税、法人税、消費税からなる収入は合計で44兆4千億円と見積もられる。税収のうち3分の1近くは地方交付税に充てられるので、残るのはほぼ30兆円である。

 主要な3つの税源をすべて社会保障に使っても、財源は調達できないうえ、国はほかにも教育、公共投資、防衛など多くの仕事を抱える。

 所得税の改革も、社会保障財源をどう確保するかという問題と無関係では進められない。社会保障関係費には地方の負担分もあり、国と地方を合わせて40兆円を超える。今後徹底した社会保障費の抑制を図るとしても、必要な費用のすべてを消費税で賄うことが困難ならば、所得税も有力な財源とする改革が必要だ。

 第1に、所得税の課税力の強化を念頭に置きつつ、諸控除が引き起こす弊害を取り除くことである。サラリーマンの実際の必要額を超えた給与所得控除を是正すべきだ。過大な控除は、個人事業主の所得を給与所得に付け替えることにより税負担の軽減を可能とする「法人成り」を誘発し、負担の公平性への不満の一因となっている。

 給与所得控除の縮小や基礎控除との一体化により課税ベースを拡大する一方で、税負担を調整すべきである。配偶者控除も女性の働き方をゆがめるうえ、被扶養配偶者のいる高額所得者に有利となる仕組みを改める必要がある。

 第2に、負担の公平である。日本の高齢化は世界に先駆けて進行し、その分負担は若年労働者にしわ寄せされているが、若年・低所得労働者を対象とした負担軽減策は実施されてこなかった。その結果、税・社会保険料負担の世代間格差が顕著となっている。その是正には、若年・低所得労働者の社会保険料の軽減が必要だ。各国が税制を通じて実施しているのが、税額控除制度である。対象者をさらに絞り、若年・低所得労働者の社会保険料まで税還付をすることを検討すべきであろう。

 同時に高齢者サイドの改革も欠かせない。公的年金では保険料支払時に社会保険料控除、年金受給時に公的年金等控除が適用され、二重の控除となっている。所得税の仕組みからみて不適切なだけでなく、結果として世代間の負担の不公平が助長されている。負担を軽減すべきなのは、高齢、若年を問わず所得の低い人たちである。従って、公的年金という特定の所得に対して負担を軽くするのではなく、負担能力に応じた軽減制度に変えていくべきである。

 最後に2点指摘したい。一つは、社会保険料負担の雇用主負担分についてである。実際には本人負担のほかに雇用主負担分がある。雇用主負担分が大きければ、雇用、特に若年者や女性の雇用に影響が及ぶ。社会保険料負担はこの2つを合わせたうえで、あり方を論じなくてはならない。

 もう一つは、地方の所得課税である個人住民税についてである。自治体の公共サービスや投資の対価は、その便益を受ける地方住民から幅広く求めるべきである。この観点からも個人住民税の諸控除の一層の見直しが必要である。

〈ポイント〉
○税負担率は低いが社会保険料負担は重い
○所得税も社会保障の財源とする改革必要
○負担能力に応じた軽減制度へ切り替えを

 たぢか・えいじ 49年生まれ。ミネソタ大博士。専門は財政学、公共経済学



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