経済教室 社員のやる気 どう高める 人事制度、個別にデ ザイン 若林直樹・京都大学教授 2017/4/17 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「経済教室 社員のやる気 どう高める 人事制度、個別にデザイン 若林直樹・京都大学教授」です。





 企業の人事管理にとって、社員の「やる気」を高める取り組みは最重要の課題だ。ところが国際比較調査を見ると、日本企業の社員が会社の仕事に対して示すやる気は欧米よりも低く、アジアの中でも劣る(グラフ参照)。やる気を表に出すことをはばかる文化が日本人社員にあるためなのかもしれないが、社員のやる気が高く示されないことは大きな経営課題だろう。

 社員のやる気は、経営学では「動機づけ(モチベーション)理論」として議論されてきた。現在の代表的な4つの論点について考えたい。

 まず金銭的報酬だが、社員の幸福感を増やすには一定の限界があることが明らかになってきた。行動経済学者である米プリンストン大学のダニエル・カーネマン氏らの調査によると、米国では所得が7万5千ドルを超えても社員の幸福感が一律で高まらないことが分かった。つまり個人的成果主義の効果には一定の限界がある。カナダのトロント大学のゲーリー・ラトハム教授によると、社員一人ひとりの幸福のあり方によって求める金銭額も異なるので、一定額を超えると金銭的報酬には一律の効果は少なくなる。

 むしろ、個々の社員がそれぞれ求める幸福のあり方に配慮して報いる方が、動機づけには効果的である。例えば、筆者が以前訪問した韓国のソフトウエア会社、マイダスアイティでは李享雨社長の考えで人事部を「幸福管理部」と呼び、人事施策で社員の幸福感の上昇につながる取り組みを重視するとした。

 金銭的報酬の限界に対し、従来は賞罰や評価のフィードバックといった心理的報酬を加味することを中心に考えてきた。だがこうした議論は個人の内面のやる気の状態に注目し、それが業績に与える影響の分析は主ではなかった。そこで会社の求める目標や職務に社員が積極的に関わり、業績を上げる仕組みのあり方へと議論は広がっている。

 第2の論点として、社員が会社の職務に積極的に関わる要因に注目する「ジョブ・エンゲージメント」という理論が実務家サイドで国際的に注目されている。これは米ボストン大学のウィリアム・カーン教授が提唱したもので、会社の視点から、仕事への積極性や、それを引き出す条件と業績向上のメカニズムを分析しようとしている。先述の国際比較もこの視点だ。

 米カリフォルニア州立大学のブルース・リッチ准教授らは、職務への積極的な関わりを促進し、業績向上に結びつく条件を考察している。具体的には、(1)会社との価値観の適合の高さ(2)職務に対する会社の支援の多さ(3)職務に自分がふさわしいと考える自己評価の高さ――である。つまり社員と会社や職務とのマッチングの高さが、仕事への積極的な関わりと業績の上昇をもたらすとした。

 第3の論点として注目されているのは、会社側から社員への業績評価のフィードバックのタイミングだ。タイミングが適切であれば社員がやる気を高めるという見方で、社員が良い仕事をしたならば、できるだけ早い時期に的確に評価内容を本人に伝えるのが良いというものだ。

 カナダのカルガリー大学のピエール・スティール教授らは「時間的動機づけ理論」という新たな視点で、評価と報酬のタイミングの時間的な最適化を図るべきだという考え方を示した。評価のフィードバックや報酬付与のタイミングが遅すぎると、社員による評価のディスカウントがなされて、かえってやる気をそぐ面があるからだ。

 有線放送大手のUSENは社内SNS(交流サイト)を使い、社員に職務状況を報告させるとともに、良い仕事には上司らがすぐに評価をフィードバックする取り組みをしている。タイミングを重視する観点で興味深い。ただこの視点は、日本企業の特徴である正社員の遅い昇進というものが、報酬のタイミングとして一律に効果的なのかという疑問をもたらす。

 さらにゲーム世代の社員に合わせ、ゲーム感覚を導入した動機づけ理論も現れた。米イリノイ大学のテレザ・カーデイダー助教らによると、このゲーミフィケーション(ゲーム化)の考え方は、新たな動機づけの要因を提示した。現在の業績評価情報へのリアルタイムでの接触と、達成に応じて仕事の内容を段階ごとに面白くする工夫が、やる気を高めるというものだ。現在の業績スコアを即座にフィードバックしつつ、良い仕事をしたら次のステージでより高度な業務を与える。

 例えば金属部品加工の太陽パーツ(堺市)には、半年ごとに数多くの種類の表彰を行い、内容をその都度変える報奨金制度がある。正門の清掃など社員の多様な取り組みをタイムリーに評価している。新規事業で大きな損失を出した社員を励ます「大失敗賞」も有名だ。

 第4の論点として、個人的成果主義によって損なわれがちな「チームワーク」に対する動機づけのメカニズムがある。個人の動機づけも大切だが、会社としてはチームや組織に貢献する意欲を社員が高く持つことを重視する。欧米の企業でもチームワークの活性化が重視され、社員がチームに貢献する動機づけの仕組みに関心が高まっている。現在では、チーム活動に関する共通の認知や行動の枠組みを、社員が積極的に共有する動機づけのメカニズムについての分析が進んでいる。

 オランダのフローニンゲン大学のジーグバルト・リンデンベルグ教授らは、チームとして共通のものの見方の働きに注目する「社会的認知理論」を用い、社員がチーム独自の目標と達成のやり方に関する枠組みを共有する動機づけのメカニズムを重視している。具体的には、(1)業務に対するチーム共通の認識の仕方(2)報酬配分の論理(3)チームで求められる能力と知識――の3つの共有を社員に促す動機づけが重要だとしている。

 さらに米ノートルダム大学のジア・フー助教らは、チームワークの動機づけの基礎として、チームとして相互に協力と扶助を行う「向社会的」な行動の意識を持つことが重要だとしている。この意識は、チーム内での普段の相互交流や意識作りだけでなく、「チームのイメージを良くしたい」という功利心の共有からも促進される。

 動機づけの研究は、20世紀初めに生理学的分析から始まった学際的な研究領域である。今後も新たな領域からの知見を取り込みながら、社員のやる気を学際的に研究する意義は大きい。先のラトハム教授も、従来のアンケートによる意識調査だけではなく、今日の脳科学の発展の成果を取り込むことを勧めている。例えば個人がやる気になっている状態や、フィードバックの最適なタイミングの分析には、社員の脳の活動状態の分析や彼らの意識と行動のビッグデータ分析が貢献する可能性が高い。

 社会の多様化が進む中で、社員個々人も異なる幸福を追求している。そこで社員のニーズについての大量のデータを解析し、個々人に合わせた(金銭とそれ以外の)適切なタイプと量の報酬と人事制度を個別にデザインすることは、動機づけには効果的である。ソフト開発のサイボウズは100人いれば100通りの働き方があると考え、多彩な人事制度をそろえる。こうした制度の方が社員はやる気は出るだろう。

ポイント○国際的にも日本企業の社員のやる気低い○金銭的報酬による社員の動機づけに限界○評価の迅速なフィードバックなどがカギ

 4人の筆者が交代で執筆、原則、月1回掲載します。



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です