経済教室 長期化する原油安(上)世界経済の弱体化を示唆 新興国の需要減響く ダニエル・ヤーギン IHS副会長 2015/10/20 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「経済教室 長期化する原油安(上)世界経済の弱体化を示唆 新興国の需要減響く ダニエル・ヤーギン IHS副会長」です。





 原油価格の下落は、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)の時代、すなわち新興国時代からシェール時代への転換の前触れだ。

 ただ、価格下落を巡っては2つの謎がある。第1は、50%もの下落にもかかわらず、景気刺激効果が生じなかったことだ。これまでのところ、世界経済にとっての「第4の矢」にはなっていない。これは、世界経済に待ち受ける困難の前兆なのだろうか。

 第2の謎は、地政学的リスクとの関係である。通常、石油市場は国際政治情勢に極めて敏感だ。現在、中東は危機的状況にあり、ロシアとの関係は緊張をはらみ、冷戦終結以降で最悪の状態にある。シリアの孤立で事態は一段と危険な様相を呈してきた。南シナ海でも緊張が高まっている。だが、どれも原油価格の高騰にはつながらなかった。原油の供給フローに直接打撃を与えていないからだ。つまり、地政学的リスクは増したが、今のところ原油はそれを上回る供給過剰状態にある。

 ただし、地政学的な危機や原油供給へのより直接的な脅威が生じれば市場に予想外の混乱をもたらしかねないことは常に留意すべきであろう。

 この価格下落は、世界の石油市場にとって歴史的な転換を意味する。需要が旺盛で供給が追い付かなかった状況から、供給が潤沢で需要が伸び悩む状況への転換だ。

 2004年からの10年間は新興国市場の時代だった。世界経済成長の源泉であり、中国の国内総生産(GDP)は10年間で2.5倍に、インドは2倍になった。新興国の高度成長は市況商品の「スーパーサイクル」(長期的な価格上昇)と呼ばれる現象を生み出し、鉄鉱石であれ、銅、石油であれ、その需要ひいては価格は右肩上がりに伸び続けるように思われた。

 石油会社をはじめ資源生産側は、新興国の急速な都市化と工業化に伴う需要増に応えようと、生産能力増強に走った。原油価格は21世紀初めに1バレル20~25ドルだったのが、11~13年には100ドル程度にまで跳ね上がった。最大の原因は中国のすさまじい資源需要だ。03~13年に中国は世界の石油需要増加分の45%を、基礎化学品と樹脂の増加分の52%を消費している。

 ただしサイクルというものは永遠には続かない。IHS非エネルギー商品価格指数は11年4月をピークに下落に転じた。14年7月以降は暴落気味になり、指数は45%落ち込んだ。それでも原油は例外で、過激派組織「イスラム国」(IS)がバグダッドを包囲する可能性が出てきた14年6月には115ドルを記録した。だがISの進撃が阻止された後は、下落基調が鮮明になった。

 大幅下落の最大の原因は、米国で起きたシェール革命と産油量の急増だ。ほんの5年前までの主流は「ピークオイル」説で、石油と天然ガスはやがて枯渇すると考えられていたが、今や状況は一変した。今後数カ月以内に米国は液化天然ガス(LNG)の輸出を開始し、原油輸出も解禁される可能性がある。

 水圧破砕・水平掘削というシェール技術の革新は10年以上前に始まっていたが、天然ガスで本格活用されるようになったのが08年で、石油はさらに数年かかった。だがそのインパクトはすさまじい。08年から15年4月までの間に米国の石油生産量は日量470万バレル増え、ほぼ倍増した。この増加分だけでも、サウジアラビアを除く石油輸出国機構(OPEC)のどの加盟国をも上回る。国際エネルギー機関(IEA)は、米国が数年以内にサウジとロシアを抜いて世界最大の産油国になると予測した。

 米国の増産効果は数年間、他国での供給の混乱で打ち消されていた。リビアでの内戦や経済制裁に伴うイランの輸出縮小などだ。だが14年になると、米国の増産に次ぐ増産で、世界の石油市場はついに供給過剰になった。

 同時期に、世界経済の基調にも変化が表れた。特に中国の成長は鈍化しており、李克強首相の言葉を借りれば「高度成長」から「中・高ペースの成長」に移行した。中国の資源需要の加速的な伸びは終わったのだ。

 供給急増と需要軟化を受けサウジなど湾岸諸国は昨年11月、価格維持のための減産をしないと決めた。減産をすれば、さらなる減産に追い込まれるとの理屈だ。なぜ自分たちの「低コスト」の石油が他国の「高コスト」の石油を助けなければならないのか。あらゆる国が減産をするなら、自分たちも減産をしてもよいという。あらゆる国とは主にロシアを指している。

 供給増に伴う価格下落は予想をはるかに上回った。米国のシェール革命を過小評価していたことが原因である。米国の「独立系」企業が推進するこの革命は、現在も進行中で、技術革新と生産性向上を実現し続けている。

 IHSエネルギーの分析によると、シェールオイルの採掘事業者は大手から零細事業者まで極めて多様性に富んでおり、14年には新規油井の30%が新規生産分の80%を担っていたことが判明した。換言すれば効率改善の余地は大きい。新規油井の費用対効果は年末までに14年比で65%向上すると筆者はみている。

 米国の産油量が価格下落後の15年も増え続けたのは、生産性向上に取り組み、回収率の高い油井に的を絞ってきたからだ。従来の採算ラインは1バレル100ドルだったが、今では多くの企業が65ドルでも採算がとれるという。

 ただ、原油価格は40~50ドル台で推移しており、生産者にとって極めて厳しい状況が続いている。米国の産油量は今年4月から1年間で10%程度減少すると見込まれる。これは市場の均衡回復に寄与するだろう。石油会社が新規開発プロジェクトを先送りするか取りやめれば、数年ほどで均衡に近づく見通しだ。

 一方で、対イラン経済制裁が核協議の合意通り解除されれば、来春にはイランからの原油輸出が拡大する。日量40万~60万バレルが市場に流入すれば、予想される米国の生産縮小分を埋め合わせて、16年前半も原油価格は低水準にとどまるだろう。

 だがまだ第1の謎は解けていない。なぜ原油価格の下落は、期待された刺激を世界経済にもたらさないのか。

 米国では今年、石油需要が伸びている。IHSオートモーティブによれば、米国では多目的スポーツ車(SUV)の販売台数が新車販売台数の56%を占めた(12年は50%)。しかも1人あたり走行距離が長くなっており、ガソリン消費量は増えている。だがそれでも世界をみれば、需要動向は期待通りにいっていない。

 こうした状況は、基本的な疑問を導く。市況商品スーパーサイクルの終焉(しゅうえん)は、世界経済のより深刻な問題を暗示しているのではないか。

 中国の経済成長は04年から世界経済を支え、08年の金融危機から立ち直る契機にもなった。だが今や中国経済の伸びは弱まり、中国の成長に依存してきた新興国を含めた鈍化の規模が注視されている。混乱の兆候は、商品相場の下落や経済成長の大幅低下だけでなく、通貨下落、資本の逃避、新興国の債務膨張などにも表れている。

 原油価格の下落は、米国のシェール革命による爆発的な供給増を反映したものだが、同時に世界経済が一段と弱体化する可能性を示す懸念すべきメッセージを発している。

ポイント
○原油は供給が潤沢で需要伸び悩む状況に
○シェール革命で米国の産油量はほぼ倍増
○イラン市場復帰で16年前半も原油安予想

 Daniel Yergin 47年生まれ。ケンブリッジ大博士



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