経済減速回避へ総力戦 金融緩和「劇薬」にはリスク FTチーフ・エコノミクス・コメンテイター マーティン・ウルフ 2016/05/26 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の特集面にある「経済減速回避へ総力戦 金融緩和「劇薬」にはリスク FTチーフ・エコノミクス・コメンテイター マーティン・ウルフ」です。





 今回の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)は7カ国(G7)によるマクロ経済政策の協調が大きな焦点となる。日本やユーロ圏で政策金利がマイナスに突入した金融緩和政策はもう限界か。財政・構造政策に打つ手はあるのか。英フィナンシャル・タイムズ紙の名物コラムニストや国内外の識者の見方を紹介する。

金融政策はもう限界に達してしまったのだろうか。そんなことはない。中央銀行の薬箱はまだ詰まっている。中央銀行には腕利きの医者でいてもらう必要がある。

 中央銀行は期待に応えて従来以上に過激な薬を使ってきた。先進国の主な中銀は、政策金利を軒並みゼロ近くまで引き下げている。これらの中銀は量的緩和も実行することで、バランスシートを大幅に拡大させている。日銀と欧州中央銀行(ECB)のバランスシートは今なお拡大中だ(図参照)。

デフレに利点、間違い

 こうした懸命の努力にもかかわらず、食品とエネルギーを除くコア消費者物価の上昇率が目標値を達成したのは、主な富裕国の中では米国だけで、引き締めに転じたのも米国だけだ。

 金融政策のこうした明らかな失敗に対しては、インフレが目標値に届くかどうかは問題ではないという意見や、デフレにもメリットがあるという意見さえ出ている。だがこうした見方は、次の3つの理由から間違いだ。

 第1に賃金は下方硬直的なのでデフレ下では実質賃金を下げられなくなる。第2にデフレ下では名目金利が大幅にマイナスでない限り、実質金利はマイナスにならない。実質金利がマイナスにならないと、需要の縮小、失業率の上昇、投資の低迷が続くだろう。

 第3に、デフレ下では既存の名目債務の実質負担がみるみる膨らみ「債務デフレ」を引き起こしかねない。日本がデフレを緩やかなペースで安定させているのは、積極的な財政政策が奏功したためと考えられる。ユーロ圏では財政規律の縛りがあるため、デフレが加速するリスクは日本より大きい。

 よって中央銀行は、何としてもインフレ目標を達成しなければならない。そのためには名目金利を超低水準に抑え、場合によってはマイナスにすることが必要だ。

 慢性的な需要不足を金融政策でどうやって是正できるのか。中央銀行による一段の金融緩和は、答えの一つになる。超低金利やマイナス金利、資産買い入れ、フォワード・ガイダンス(政策の先行き指針の提示)、より高いインフレ目標、財政赤字の直接ファイナンス(国債の直接引き受け)、世帯に直接資金を配るいわゆるヘリコプターマネーなど、まだまだ打つ手がある。

構造改革含め包括策を

 しかし、一段の金融緩和は重大なリスクも伴う。

 第1に、非伝統的な政策に踏み込むほど、微調整が効かなくなる。例えばマイナス金利ひとつとっても、中央銀行にまだ打つ手があるということを示して一層の信頼を得ることになるのか、事態が深刻であることを露呈して評判を落とすのか、はっきりしない。

 第2に、薬によっては病気以上の問題を引き起こしかねない。最も懸念されるのは、新たな金融バブルが発生することだ。政府の側で構造改革への取り組み意欲が薄れることも懸念される。露骨に自国通貨安を狙った政策は、近隣窮乏化策と批判されるだろう。

 第3に、過激な金融政策は政治的反発を招くと予想される。例えば債権者は、あらゆる低金利策に反対するだろう。また、中央銀行による財政赤字の直接ファイナンスは、放漫財政に拍車をかけるだけだと世論は懐疑的だ。

 こうした反発とは別に、金融政策への過度の依存は次の2つの理由から好ましくない。

 1つは、根本的な問題は貯蓄が投資を上回るのであれば、財政政策の方が的確な手段を講じられることになってしまう点だ。例えば日本では、非金融部門の企業が過剰に貯蓄を抱え込んでいることが問題となってきた。その解消には内部留保に対する課税を引き上げればよいのであって、消費税を引き上げるのは明らかに間違っている。このほか、優先度の高い公共投資への政府支出を増やすのも一案だ。

 もう一つの理由は、問題が需要の低迷だけではないことだ。生産性の伸びの鈍化も、多くの国で見受けられる市場の硬直化も、これに劣らず問題である。となれば、構造改革を含めた包括的な施策を打つべきだ。国際通貨基金(IMF)も指摘する通り、構造改革は特に短期的には万能薬にはならないが、やらずには済まされない。

 以上の通り、金融政策は決して弾切れではなく、ぜひとも積極的に活用すべきである。だが、必要以上に依存するのは好ましくない。政治的にも困難だし、副作用を抑えるのもむずかしい。需要の創出には財政政策がもっと大きな役割を果たすべきだ。金融政策は低成長や硬直的な市場などの構造問題を緩和できても解決はできない。積極的な金融政策は今なお必要だが、必要なのはそれだけではないのである。

 マーティン・ウルフ FTを代表するコラムニストで世界で最も影響力のある経済ジャーナリストの一人。著書に「シフト&ショック」など。



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です