衆院選の争点を探る(下) 森信茂樹 中央大学教授所得再分 配策の方針問え 2017/10/5 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「衆院選の争点を探る(下) 森信茂樹 中央大学教授所得再分配策の方針問え」です。





ポイント○基礎的収支黒字化先送りはリスク高める○希望の党も公約で所得再分配策に触れず○大学無償化は限定的に大学改革と一体で

 国民にとっては突然の解散総選挙だ。安倍晋三首相が解散を表明した記者会見で述べた経済政策を筆者なりにまとめると、以下の3点になる。

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 第1に2019年10月から消費税率を10%に引き上げる。第2に消費増税で得られる5兆円強の財源の使途について、3党合意(表参照)で決められた借金返済部分(約4兆円)を半分程度に減らし、幼児教育や高等教育の無償化に充て、全世代型の社会保障に変えていく。

 第3にその結果、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の20年度黒字化という財政健全化目標の達成は困難になるが、財政再建の旗は降ろさず引き続き努力していく。

 消費増税のコミット(約束)については安倍首相は既に2度延期している。デフレ脱却道半ばと公言してきたことからも、19年10月からの増税も延期するのではないかというのが霞が関や市場関係者の大方の見方だった。そうした中で、3党合意から5年が経過し、ようやく引き上げが確定したという意義がある。

 次に使途の拡大についてはわが国の財政支出は先進諸国と比べて医療・年金を中心に高齢者に偏っている。結果として子育てや教育支援といった勤労世代への支出が割を食っていることは、これまで幾度も指摘されてきた。

 喫緊の課題である少子化対策や潜在成長力の低下や格差への対応として、子育て支援の拡充や幼児教育の無償化など勤労世代への歳出を増やすことは、シルバー民主主義から脱却し、世代間の受益と負担のバランスを改善させるという意義がある。また社会保障の充実に振り向ける部分が拡大するので、マクロ経済に与える悪影響も緩和される。

 このように考えると、増税のコミットと使途拡大については評価できる。

 問題は財政再建目標の先送りだ。首相は旗は降ろさないとしつつも、国際公約ともいえる20年度の基礎的収支黒字化目標の達成を諦め延期する意向を示した。これは財政健全化の不透明性を高め経済リスクを大きくすると考える。

 20年度までにはあと3回の予算編成が残されており、来年には財政目標の中間検証も予定されている。それを十分な検証や裏付けもなく早々と諦めることは、財政規律を緩ませたと評されよう。今回消費増税分から財政再建に回す部分は2兆円程度というが、その程度であれば後述するように、一層の歳出削減と歳入増加努力で財源の捻出は不可能ではないはずだ。

 つまり今回の首相発言には前々から延期したかった基礎的収支黒字化の財政目標を、この機会に先送りしようという魂胆が透けてみえ、そこがリスクとなる可能性がある。

 欧米諸国が金融緩和の出口に向かう中で、わが国だけが財政規律を緩めれば、日銀による国債の大量購入は財政ファイナンス(財政赤字の穴埋め)だととられかねない。いずれわが国も金融緩和の出口に向かう必要があり、それには財政健全化のめどがつくことが条件となる。財政規律の緩みはわが国財政の信認を揺るがし、国債暴落という計り知れないリスクを抱えることにつながる。既に国債市場には兆しもみえ始めている。

 5年が経過しつつあるアベノミクスへの評価も問われるべきだろう。わが国経済はデフレ脱却に向け大きく前進し雇用や企業利益も拡大した。しかし一方で、国民の将来不安は根深く、個人消費の停滞が続いている。家計調査からはわが国の中間層がやせ細りつつある姿がみてとれる。

 アベノミクスのトリクルダウン(浸透)、つまり経済が拡大すれば市場メカニズムを通じて成果が行きわたるという効果は表れていない。アベノミクスに欠ける政策は、税や社会保障を通じた所得再分配政策だといえる。

 そうであるなら安倍政権の経済政策に対する受け皿は、税・社会保障を一体的にとらえた適切な所得再分配政策ということになる。だがブームで沸き立つ小池百合子東京都知事率いる新党「希望の党」は消費増税の凍結を公約に掲げ、所得再分配策には触れていない。これでは経済政策面での受け皿にはなり得ない。

 それどころか消費増税凍結の下で、どう高齢化に対応し社会保障の充実を図っていくのか、財政再建をどう進めるのか具体策はみえない。民主党政権崩壊の一因は「月2万6千円の子ども手当」という財源なき選挙公約の未達だった。国民の「希望」を達成するには財源が不可欠であり、負担の問題に蓋をして実行可能性を疑われる公約を掲げるだけでは、「希望」はいずれ「失望」に変わっていく。

 そこで安倍首相の消費税収の使途見直しを受け入れつつ、失われる2兆円程度の財源を、歳出・歳入両面でカバーするとともに所得再分配につなげる道を探ってみたい。

◇   ◇

 歳出面では、全世代型社会保障がばらまきにならないようにすることが重要だ。教育の拡充は人的資本の向上を通じて経済を底上げし、格差是正の効果も期待される。しかし幼児教育については既に低所得者の無償化が図られており、新たに広がるのは中高所得者となる。無制限な拡大は逆に格差を拡大しかねない。

もりのぶ・しげき 50年生まれ。京都大法卒、旧大蔵省へ。大阪大博士(法学)。専門は租税法

 大学の無償化はさらに問題がある。無償化により質の悪い大学や勉学意欲に欠ける学生が増えかねない。無償化の対象は、低所得でかつ勉学意欲の高い学生に限定し、教育の質を高める大学改革とセットで進める工夫が必要だ。

 世界的に高水準の医療費については、18年度導入予定で医療・健康・介護分野の情報に付番する「医療等ID」の活用で一層の削減努力を進めるなど、高齢世代への社会保障の効率化を進めつつ勤労者向けの比重を高め全世代型社会保障にするのが望ましい。

 歳入面では、負担に余裕のある層、つまり富裕高齢層を中心とした負担増を図るなどの努力が必要だ。具体的には年金税制の見直しが考えられる。わが国の年金税制は、積立時は社会保険料控除で非課税、運用時も非課税だ。給付時は課税だが、高水準の公的年金等控除により大部分は非課税となっている。他の先進国では積立時もしくは給付時に課税される。わが国のような甘い年金税制は異例だ。

 見直しの対象は年金生活者全員ではなく、高所得の年金受給者に絞る必要がある。現在、年金受給者で勤労所得がある者には公的年金等控除と給与所得控除がダブル適用される(二重控除)ので、手直し(集約化)する必要がある。

 現在控除は1階・2階の公的年金部分だけでなく3階部分の企業年金にも適用されているが、公的年金に限定する必要がある。公的年金等控除により1兆8千億円程度の減収が生じており、高所得者だけ増税になる工夫をすればそれなりの増収が可能となる。

 また主として富裕高齢者に帰属する金融所得の分離課税率(国・地方で20%)の見直し、消費者・事業者・税務当局の負担を増やし1兆円の減収をもたらす消費税軽減税率の導入見送りが考えられる。

 わが国の税収構造は09年度に海外子会社からの配当には課税しないという改正がなされ、法人の利益増加が直接法人税収増につながりにくくなっている。税収確保策を地道に進めていく必要がある。

 こうした総合的な見直しにより社会保障の充実、財政再建、所得再分配が可能になり、世代間・世代内の公平性を高めることになる。本来これらが選挙の争点になるべきだ。



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