迫真 「自前主義はいらない」 背水の三菱重工 2017/2/28 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合面にある「迫真 「自前主義はいらない」 背水の三菱重工」です。





 2月24日、午前7時。名古屋駅近くの停留所。ラフな格好に身を包んだ500人ほどの外国人が社用バスに乗り込む。向かうのは三菱航空機の本社がある県営名古屋空港(愛知県豊山町)。いずれも航空機開発のエキスパートだ。「雇っている外国人には日給10万円の人もいるみたい。本気ですよ。三菱重工業さんは」。三菱航空機と長く取引のある関連部品メーカーの幹部は話す。

 その4カ月前の10月。三菱重工業社長の宮永俊一(68)は三菱航空機を訪れた。国産ジェット機「MRJ」の5度目の納期延期が避けられないことが判明し、至急対策を練る必要に迫られたためだ。会議室に米ボーイングOBの外国人も交えて膝詰めで対策を探った。

 「中途半端なことは一切やる気がないからね」。宮永の口調は穏やかだったが、荒療治への宣言でもあった。この会議をきっかけに「部品の配置を従来機と同じような配置に変更すべきだ」と主張した外国人技術者の考えを採用。かつて「零戦」を開発した三菱ブランドのプライドもかなぐり捨て、図面に手を加えることを決断した。

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 国策と共に歩んできた三菱重工のよりどころは信頼性だ。発電用タービンや鉄道部品など約500種類にも及ぶ多様な製品群は、ひとたび不具合が起きれば甚大な被害が出る。「モノは良いが高すぎる。コスト感覚がない」。航空機を日本の基幹産業に育てようとした経済産業省からの要請もあって最初にMRJを購入した全日本空輸の幹部が、三菱重工のエンジニアを面と向かって叱ったこともあった。時に顧客から苦言を浴びても、確かな技術と完成度は社員の支えになってきた。

 象徴的なのがロケットだ。最後に打ち上げに失敗した2003年。当時宇宙事業部の営業部長の小林実(68)は会長の西岡喬(80)とともに官房長官の福田康夫(80)を訪ね、「ロケットの打ち上げは失敗することもある」と釈明に追われた。「責任の所在を明らかにしろ」。世論のバッシングは続いたが、チェック体制の改善点を徹底的に洗い出し立て直した。

 ロケットの打ち上げは32回連続して成功、成功率は97.4%と世界最高水準に達する。16年にはアラブ首長国連邦(UAE)から火星探査機の打ち上げを受注、官需依存も克服しつつある。先行する欧米やロシアと張り合えるようになった。

 「変なプライドは捨てろ。行きすぎた自前主義はいらない」。開発の延期が続くMRJでは事態打開のため、宮永は外国人技術者を大量に受け入れることを断行した。日米合わせた航空機開発に携わる従業員の外国人比率は3割と、3年前の3倍にも膨らんだ。

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 「自分に降りかかる火の粉を振り払うので精いっぱいなのに、三菱自動車を支えることはできない」。三菱重工の分身である三菱自動車を日産自動車に託したのも宮永流だ。日産で副社長を務めた山下光彦(63)を開発のトップとして迎え入れた。その山下は「開発者のポテンシャルは高い。稟議(りんぎ)の多さなど、仕事のやり方に問題がある」という。足りないものは外から取り入れる。宮永にこれまでの「三菱重工」の肩ひじ張ったプライドはない。

 13年の社長就任から4年。合併・買収を繰り返して巨艦の現場に意識改革を迫ってきた宮永。失敗に終わったものの独シーメンスと組んで仏アルストムの重電部門買収を目指したり、フォークリフト4位のユニキャリアホールディングスを買収したりと一定の成果を上げた。トップ就任時から連結売上高は4割増え、同営業利益も16年3月期に過去最高の3095億円を記録した。

 「さすがにやり過ぎだ。信頼して任せなければ部下は育たない」。宮永は造船子会社社長に加え、技術系を外して自ら抜てきした三菱航空機社長の森本浩通(63)も2年での交代を決めた。同社OBから反発も上がるが宮永に迷いはない。

 「どうしたら米ゼネラル・エレクトリック(GE)やシーメンスに追いつけるか、そればかり考えている」。目標としていた売上高5兆円への道も険しくなってきた。残された任期にどう名門復活を果たすか。宮永の戦いは尽きない。

(敬称略)

 造船と航空機で深手を負った三菱重工は立ち直れるか。正念場の三菱重工を探る。



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