迫真 生きて働くのが恩返し がん患者の思い 2016/12/20 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合面にある「迫真 生きて働くのが恩返し がん患者の思い」です。





 まずこの事実を伝えてから話を進めようと思う。記者(38)の郷里で暮らす母親(66)は悪性度の高い甲状腺がんで、リンパ節にも転移があると診断された。切除手術が終わり、いまは自宅で経過をみている。万が一、再発や転移があれば、取り得る選択肢は極めて限られたものになると主治医に告げられている。

 残念ながら日本ではがん治療に革命をもたらしたとされるオプジーボの対象外の病気だ。ただ、ふとした時に自問する。「もし母親にも使えるようになったら自分はどう判断するだろうか」

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 栃木県真岡市の橋本紳一さん(57)と福岡市の大西順平さん(仮名、67)と出会ったのは10月上旬だった。オプジーボの投与を受けながら闘病を続ける2人。ちょうどこの頃、新薬の値段が「高すぎる」として、値下げに向けた政府内の議論が盛んに報じられていた。

定期検査でがん細胞が小さくなっていると聞く大西さん(仮名、写真手前)=福岡市の九州大学病院

 大西さんとの待ち合わせ場所に指定されたのは福岡市内にある大学病院の診察室だった。今年3月から2週に1度、オプジーボの点滴や検査のために欠かさず通院を続けているという。

 「水のようだ」。1時間ほどの点滴は体への負荷をほとんど感じさせない。激しい吐き気やだるさから逃れられない抗がん剤との決定的な違いがそこにある。肺にあった7~8センチメートルの腫瘍はどんどん小さくなり、投与を勧めた主治医ですら「奇跡的」と驚くほどだ。

 会社員として働く大西さんは既に仕事にも復帰している。「働いて、食べて、昼寝して。誰も僕が末期がんだと知らないんじゃないかな」

 実は、妻と子どもにしか自らの病状を伝えていない。兄弟や母親にすら伏せたままだ。母親は高齢。息子が末期がんだと知るとショックを受けてしまうと考えた。

 はっとさせられる一言があった。「働いて税金を払うことでしか恩返しはできない」。100ミリグラム73万円という高額なオプジーボ。「迷惑者とみられる視線が怖い」という大西さんの本音に返す言葉がなかった。

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 オプジーボだけの問題なのだろうか。健康保険組合連合会によると、2015年度に月額1千万円を超えた医療費の申請は361件。最も多かったのが脳梗塞などの脳血管や心疾患関連の循環器系の病気。それに先天性の病気や血友病が続く。

 これまで様々ながん患者に取材をしてきた。末期の患者も少なくなかった。がんと診断されてからの経緯、残された時間を家族とどう過ごすか。痩せこけても懸命に話を聞かせてくれるのは、他の患者の励みになればという一心からだ。「生き続けたい」。強い思いをいつも感じてきた。

 栃木の橋本さんは「生き延びたおかげでオプジーボにたどり着いた」と話してくれた。医療が進歩すれば、そこに希望が開けるかもしれない。体重が落ちればがんとも闘えないと、吐いてでも食べ続けた。

 「がん患者は1~2%の可能性にかけてきた」。がん患者の復職支援や雇用継続に取り組み、自らもがん経験者のキャンサー・ソリューションズの桜井なおみ代表(49)の言葉が頭に浮かぶ。がんは命を左右する特別な病気の一つ。「高いからダメ」ではなく、どうやってその薬を使えるようにするか知恵を絞るべきだという。

 例えば風邪薬や湿布薬など命に直結しない薬剤を保険の適用から外す。がん治療薬のための基金をつくる。必要なのは無駄を削減するプロセスだという。画期的な新薬の導入に慎重すぎると、海外で承認された薬でも日本では使えないドラッグ・ラグを生み続ける。

 米国では家族にがん患者がいると、高額な医療費の支払いのためにかなりの確率で破産に追い込まれるという。幸いと言うべきか、日本は皆保険制度があるため、こんな事態は避けられている。

 財政の悪化を心配する政府。画期的な新薬で収益を伸ばそうとする製薬会社。少しでも長く生きたいという患者。それぞれの立場で正義がある。

 取材を通じて感じたのは、がん患者以外がもっとコスト意識を持ってもいいのではないかということだ。オプジーボを使う人々だけが高額な薬代の意識を突き付けられる現実には違和感がある。

 自分の母親にオプジーボを使える可能性があるのなら……。記者として財政の状況も十分に知る自分はまだ葛藤の中にいる。

(高田倫志)

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高齢化できしみが大きくなる社会保障。一筋縄で答えは出ない。記者が現場から考える。



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