迫真 農業を解き放て(4)もっと上を 2016/01/15 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合1面にある「迫真 農業を解き放て(4)もっと上を」です。





 冬場というのに畑の土は、毛の長いじゅうたんのようにふかふかしていた。昨年12月、熊本県東部の山都町。野生のシカがしばしば姿を現す山あいで、飯星淳一(38)がニンジンの葉を2、3本分まとめてつかむと、あっけなく抜けた。そろって太めの形状に、曲がりなどの規格外品はほとんどない。「収量はこの4年で数倍に増えた」

飯星さんの畑でできたニンジン。規格外品がほとんどない(熊本県山都町)

 生まれ変わった畑には技術の裏付けがある。飯星は農薬や化学肥料を使わない有機農産物の販売会社「くまもと有機の会」(熊本県御船町)のメンバー。そこで堆肥の方法を一から学び直した。かといって時間はかからなかった。会のノウハウをもとに「普通は数年かかる土作りはすぐに終わった」。ニンジンを抜きながら飯星は笑う。

 会の先輩農家、八反田幹人(81)のホウレンソウは1年前、地元の消費者を驚かせた。

 「生のままでどうぞ」。熊本市内の直売所で試食を勧められた客は顔を見合わせ、居合わせた農家も「これは何ですか」と首をひねった。後日、八反田の作ったホウレンソウを調べると糖度は17.5に達し、ふつうの桃を上回った。検査を受託した会社は「間違いじゃないか」と結果を疑い3回も計り直した。直売所では規格外の甘さが評判となり、三束、四束とまとめ買いする客が続出した。

 常識を覆す野菜づくりは2003年に始動した。有機の会の専務、田中誠(45)は居酒屋で知人の卸会社のバイヤーに悩みを打ち明けた。「有機栽培は本当にいいんだろうか」。安心を売り物にする半面、勘や経験が頼りで品質が安定しない印象が強かった。知人がその場で電話したのが、栽培コンサルタントの小祝政明(56)だった。

 不安げな田中に小祝が告げた答えは「科学的にやるなら」。小祝は畑のホウレンソウを見て「根が張ってないですね」。抜いてみるとその通り。「土中の鉄分が足りません」。これも的中し、理由を一つ一つ説明してみせた。田中は「頭をガツンとやられた」。オーストラリアの研究所で科学的な栽培を身につけた小祝の勉強会が始まった。化学記号が飛び交い、時に難解な“授業”に辛抱強くついてきたのが八反田らだった。

 1月12日、有機の会の事務所を訪れたニンジン農家の飯星に田中が語った。「もっと上を目指そう」。飯星は収量と糖度のアップを誓った。

(敬称略)

 編集委員の吉田忠則が担当しました。



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