迫真 迷走セブン&アイ(中)人事案は私の中にある 2016/04/22 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合1面にある「迫真 迷走セブン&アイ(中)人事案は私の中にある」です。





 親愛なる伊藤教授

 セブン&アイ・ホールディングスは長期的な株主価値改善にやれることがたくさんあります。なるべく早く我々のメンバーと会って議論していただけませんか――。

 2016年1月末、セブン&アイの社外取締役を務める一橋大大学院特任教授、伊藤邦雄(64)に1通の英文の手紙が届いた。差出人は「物言う株主」として知られる米投資ファンド、サード・ポイントを率いるダニエル・ローブ(54)。「我々と同じ哲学をお持ちのあなたの考えが取締役会において有益だと確信しています」と訴えた。

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 伊藤に手紙が届いたころ、セブン&アイ会長の鈴木敏文(83)は取締役の井阪隆一(58)を中核子会社、セブン―イレブン・ジャパンの社長から外す方向で動き始めていた。2月中旬には井阪本人に交代を打診。創業者であるセブン&アイ名誉会長、伊藤雅俊(91)のもとには社長の村田紀敏(72)を送り、人事案を事前に報告した。

 ここで鈴木に誤算が生じる。これまで経営には口を出してこなかった名誉会長から井阪交代の人事案に理解を得られなかったことだ。

 もうひとつの誤算で混迷は一気に深まる。サード・ポイントによる株式の保有が明らかになったこともあり、セブン&アイは3月に指名報酬委員会を設置した。指名委員会等設置会社ではないセブン&アイにとって指名報酬委はあくまで社外の意見を聞く任意の諮問機関であり、決定権はなかった。その指名報酬委が意思決定機関のような存在に変質していく。

 最初の指名報酬委は3月30日。直前の27日にサード・ポイントからセブン&アイの役員に書簡が届く。「井阪氏の社長職を解く噂を耳にしたが、降格は理解できない」。サード・ポイントは書簡を報道機関にも公表し、井阪交代案を世間に広めるよう仕向けた。

 「5期連続で営業最高益を達成した会社のトップを変えることは理解できない」。30日の指名報酬委では鈴木、村田が示したセブンイレブンの社長交代を含む人事案に委員長の伊藤邦雄、元警視総監の米村敏朗(64)の2人の社外取締役がかみついた。

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 指名報酬委の承認がないまま、鈴木が人事案を諮った4月7日の取締役会。ここでも社外取締役の伊藤が重要な役回りを演じる。従来の挙手に代えて、「鈴木さんの顔色をうかがい、挙手では本音が出ない」と無記名投票を提案した。結果は人事案に賛成7票、反対6票。2人が棄権の白票に回り、賛成が取締役15人の過半に届かず、否決となった。

 「1人に権限が集中する体制にはしない」

 「最高経営責任者(CEO)などの肩書はやめようかと考えている」

 「鈴木さんを支持した村田さんが社長を続けるのはよくない。会長になるのも変じゃないか」

 新たな人事案の取りまとめが進むなか、社外取締役の伊藤の声はどんどん大きくなっていく。自宅前に連日押し掛ける報道陣に対し、自らが考える人事案を語る伊藤は明らかに高揚していた。

 一方、鈴木の引退表明で司令塔を失ったセブン&アイの社内の混乱はピークに達していた。事態の収束を急ぐなか、人事案は鈴木を除く全員が留任し、セブン&アイは村田、セブンイレブンは井阪が社長を続けるという方向に傾いていった。

 15日に設定された指名報酬委。事前の調整のため、村田は13日、伊藤、米村と会談を開いた。井阪も含む社内の取締役がおおむね合意していたにもかかわらず、伊藤は村田の留任に反発した。その夜、伊藤は「一番常識があるのは社外取締役だから。私の中にある人事案を会社が受け入れてくれるかどうかですよ」と報道陣に話した。

 翌14日、再び伊藤、米村と会談した村田は自身の退任を受け入れると申し出た。決着したかにみえた議論は伊藤の次の発言で紛糾する。「井阪さんはセブンイレブンの代表取締役会長も兼務すべきでは」。村田は「あなたはどこまで鈴木をおとしめれば済むんだ」と烈火のごとく反論した。

 セブン&アイの中興の祖、鈴木は自らが育てたセブンイレブンの会長を兼務する。その鈴木と井阪をいきなり同格に扱うことに村田は我慢できなかった。徹底抗戦する構えの村田に伊藤は矛を収めた。しかし、15日の指名報酬委でも新たな波乱が起きる。

(敬称略)



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