風見鶏 安倍氏、ついに「虎穴」へ 2016/05/22 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合・政治面にある「風見鶏 安倍氏、ついに「虎穴」へ」です。





 日本は長年、経済協力をテコに、ロシアとの北方領土交渉を動かそうとしてきた。だが、いまだに領土が戻る兆しはない。

 ならば、やり方をがらりと変えるしかない。安倍晋三首相はこう確信し、プーチン・ロシア大統領に「新しいアプローチ」にかじを切る決意を伝え、合意を取りつけた。

 安倍氏周辺によると、これが5月6日、ロシアの保養地ソチで約3時間におよんだ首脳会談の本質だ。

 では、新しいアプローチとは何か。これは主に、安倍氏とプーチン氏が2人だけで会った35分間に話された。領土交渉の核心にかかわる極秘であり、両政府は一切、やり取りを公表していない。

 複数の関係者によると、その輪郭はこうだ。

 アジアの地政学図をながめると、日ロは安全保障上、協力できる余地が多い。まずはそうした協力を動かし、信頼を築いていく。そのうえで両首脳のトップダウンにより、領土問題を一気に決着させる――。

 日本はこれまで、まず領土問題を打開し、関係を前進させるとの発想だった。この順序を逆さまにして、まず大きな戦略で手を握り、“良き隣人”になってから、一緒に領土問題に対処しようというわけだ。

 安倍氏がこの路線を決断したのは、強大な中国に向き合うには対ロ関係の安定が急務だと信じるからだ。周辺はこう明かす。

 「彼は領土問題の解決に熱意を傾けているが、『返還実現』だけが目的なわけではない。いちばんの狙いは日ロの距離を縮めて、外交の選択肢を広げ、中国台頭に対応できる足場を固めることにある」

 これはプーチン氏にも悪い話ではない。ロシアは国内総生産(GDP)で中国の5分の1以下、人口では約10分の1に落ち込んだ。膨張する中国に内心、脅威を感じている。

 安倍氏がどこまで領土交渉で譲るつもりなのか、プーチン氏は真剣に見極めようとしている。

 内情に通じた日ロ関係筋によると、ソチでの会談に先立ち、彼は3時間半のブリーフを2回、ラブロフ外相から受けたという。6日の首脳会談の途中で、安倍氏がプーチン氏と2人だけで話したいと持ちかけたとき、ラブロフ氏も同席しようとしたが、プーチン氏はあえて退けた。

 プーチン氏はさらに、ロシア極東での9月の再会談を提案した。次は自分が訪日する番なのに訪ロを促したのにも、ひそかな思惑がある。同関係筋は語る。

 「彼はもう一度、安倍氏と2人だけで話し、本気度を見定めたいと考えている。盗聴器が仕掛けられかねない日本では、本音の話ができない。ロシアならその心配はないうえ、会話をそっと録音できる」

 両首脳の歯車がかみ合えば、プーチン氏は12月にも来日し、交渉が動きだす。だが、リスクもかなり大きい。彼の本音は歯舞、色丹の2島返還決着にあるようにみえるからだ。そこには安保上の事情も絡む。

 南を上にした地図をみていただきたい。ロシア軍は米核戦力に対抗する切り札として、オホーツク海に核ミサイル搭載型の原子力潜水艦を置いている。

 それらが太平洋に出るうえで「北方領土はとても大切な通り道だ」(ロシアの軍事専門家)。米ロの対立が深まれば、北方領土の重要性はもっと高まる。

 虎穴に入らずんば、虎児を得ず。この成句にたとえれば、安倍氏はプーチン氏の虎穴に踏み込もうとしている。相手はスパイ機関の元トップだ。一筋縄でいく相手ではないことだけは、分かっている。

(編集委員 秋田浩之)



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