風見鶏 日中それぞれのカレンダー 2017/7/30 本日の日本 経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合面にある「風見鶏 日中それぞれのカレンダー」です。





 中国共産党が第1回党大会を開いたれんが造りの建物は、上海のかつてフランス租界だった地域の一角に立つ。1921年7月、ここに毛沢東ら13人の代表がひそかに集まり、党の綱領を起草した。

 官憲の影におびえながら、激しい議論をたたかわせたに違いない。いまは記念館になったその場所を訪れると、テーブルを囲んで口角泡を飛ばす彼らのブロンズ像が飾られていた。

 意外だったのは、うち4人が日本への留学を経験していたことだ。共産党という党名自体、元をたどれば日本語である。のちに中国の運命を変える政党は、日本との深いかかわりのなかで産声を上げた。

 それから96年。共産党は今秋、19回目の党大会を開く。発足時に50人ほどだった党員は、9千万人近くに膨らんだ。党大会で習近平総書記(国家主席)は、華々しく2期目のスタートを宣言するはずだ。

 党大会の前には必ず不気味な政治事件が起こる。

 5年前には、重慶市トップだった薄熙来氏が失脚した。今回も同じく重慶市のトップを務めた孫政才氏が24日に摘発され、当局の取り調べを受けている。

 習氏は激しい権力闘争をへて、1強体制を固めつつある。「彼の視線はすでに党大会より先の2021年を向いている」。多くの党関係者はこう指摘する。

 21年とは、党の創立100周年を指す。

 1840年のアヘン戦争に始まった屈辱の歴史に終止符を打ち、そこそこゆとりのある「小康社会」を実現する。その偉業をなし遂げた共産党の最高指導者として、習氏は歴史に自らの名を刻むつもりだろう。

 歴史に名を残したいという欲求は、政治家の本能かもしれない。安倍晋三首相が5月に「2020年の新憲法施行」を明言したとき、改めてそう思った。

 首相の発言を受け、永田町にはすぐに「安倍カレンダー」なるものが広まった。この秋に自民党が憲法改正案を国会に提出し、来年の通常国会で改憲を発議する。その後に改憲を問う国民投票を実施する、というスケジュールだ。

 2日の東京都議選で自民党が惨敗し、状況は一変した。不祥事が続き、内閣の支持率は急落している。

 首相はこれまで「いつでも解散するぞ」と思わせて求心力を高めてきた。衆院議員はいつクビになるかわからない。だから、常に首相の顔色をうかがわなければならなかった。

 しかし、その手はもう使えない。解散すると、改憲の発議に必要な3分の2の議席を保てなくなるからだ。改憲日程を明示したため、首相は自分で自分の首を絞めてしまった。

 習氏のカレンダーはどうか。共産党の創立100周年を迎える21年の次に来るのは、まちがいなく翌22年の第20回党大会だ。

 本来なら習氏はここで2期10年の任期を終える。しかし後継候補だった孫氏のクビをさっさと切り、毛沢東と同じ「党主席」への就任をちらつかせて長期政権への意欲を隠さない。習政権がいつまで続くかわからないから、党内の不満分子は声を上げられない。

 選挙のない中国だからこそ組めるカレンダーだが、死角はないのか。北京の外交官は「あるとすれば経済の異変だ」と話す。

 習氏が描くスケジュールは、たしかに経済の安定成長を前提にしている。仮に経済が大混乱に陥れば、党内の不満分子はたちまちうごめき出す。党大会に向けて景気をふかしてきた反動もあり、そのリスクは高まっているようにみえる。

 習氏のカレンダーも、やはり万能ではない。

(中国総局長 高橋哲史)



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