風見鶏 盧溝橋に掲げられた写真 習氏は笑っているか 2018 /3/4 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合面にある「風見鶏 盧溝橋に掲げられた写真 習氏は笑っているか」です。





 中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席が笑っているかどうかを確かめたくて、ひさしぶりに北京郊外の盧溝橋に近い抗日戦争記念館を訪ねた。

 盧溝橋はいうまでもなく1937年7月に日中戦争の発端となる発砲事件が起きた場所だ。記念館の展示は旧日本軍による侵略の歴史が延々と続き、最後の部屋に習氏が安倍晋三首相と握手する写真がある。

 2015年に掲げられたとき、写真のなかの習氏はむすっとした表情だった。むりもない。それまで安倍氏と会っても、笑ったためしがなかったからだ。

 その習氏が17年11月の首脳会談で、はじめて安倍氏と笑顔で握手した。もしや記念館の写真も替わっているのではないか。そう思って最後の部屋に足を運んでみたが、習氏はやはりむすっとしたままだった。

 12世紀に完成し、マルコ・ポーロが「世界でいちばん美しい橋」とたたえた盧溝橋と対照的に、抗日戦争記念館はひときわ斬新なデザインが目を引く。その歴史はあんがい浅く、1987年7月の開館からまだ30年しかたっていない。

 日本の侵略を思い返す施設が、戦後40年をへてできたわけだ。80年代初めまで、中国は日本の歴史認識をさほど問題にしなかった。そう聞けば、意外に思う人は多いかもしれない。

 興味深い記録が残っている。64年7月に建国の父である毛沢東氏が、のちに日本社会党の委員長となる佐々木更三氏と北京で会ったときのことだ。佐々木氏が旧日本軍の侵略戦争を謝罪すると、毛氏は次のように答えたという。

 「何も申し訳なく思うことはありません。みなさんの皇軍なしには、われわれが権力を奪取することは不可能だったのです」(「毛沢東思想万歳〈下〉」東京大学近代中国史研究会訳)

 リップサービスを含むにしても、毛氏の本音がにじむ言葉だろう。

 30年代の半ば、毛氏が率いる共産党は国民党の軍に追い詰められていた。その状況は日中戦争の勃発で一変する。抗日で国民党と手を組む「国共合作」が成立し、共産党は力をため込む余裕ができた。毛氏にとって敵は日本でなく、あくまで国民党だった。

 風向きはどこで変わったのか。日本貿易振興機構アジア経済研究所の江藤名保子氏は「82年の第1次教科書問題が大きな転機になった」と指摘する。日本の教科書検定に関する報道をきっかけに、中韓が「歴史の改ざんだ」と激しく反発したときだ。

 当時、鄧小平氏が改革開放に踏み出し、共産党は「社会主義」の旗印だけで国を束ねるのが難しくなっていた。教科書問題はそんな共産党に思いがけない発見をもたらす。「愛国主義が国内政治の安定に役立つと気づいた」(江藤氏)のだ。抗日戦争記念館の原点が、そこにある。

 もちろん、あの戦争が正しかったと言いたいわけではない。多くの日本人は過ちを認め、だからこそ、歴代首相はおわびと反省の気持ちを表してきた。

 中国は国内の安定を保つために、それを拒んできた面がある。しかし、沖縄県の尖閣諸島をめぐる2012年のデモが制御不能に陥ったように、もはや「反日」が国をまとめる力になるとは思えない。

 国家主席の任期をなくす憲法改正が固まり、習氏は外に敵をつくらなくても国を束ねられる強い権力を手にした。日本のおわびと反省を、そのまま受け止める環境は整ったはずだ。

 盧溝橋のそばに一日も早く、習氏と安倍氏が笑顔で握手する写真が掲げられれば、と願う。

(中国総局長 高橋哲史)



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