風見鶏 PKOの25年と万年野党 風頼みから脱却を 2017/11/19 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合面にある「風見鶏 PKOの25年と万年野党 風頼みから脱却を」です。





 海外を旅行すると日本への思わぬ評価が聞けておもしろい。9月に訪れたカンボジアで、アンコールワットの観光ガイドを務める男性はこう語った。

 「様々な国がカンボジアの遺跡の修復のために来てくれています。他の国の作業はあっという間に終わるけど、日本の協力はとにかく時間がかかる」

 批判なのかと思ったら逆だった。多くの国は崩れた巨石を重機でどんどん積み直し、外観を復元して撤収する。日本は地質調査で遺跡が壊れた原因から突きとめ、緻密に修復するので長期に及ぶのだという。

 日本の協力は国際的に評価が高い。8月には上智大の石沢良昭教授が「アジアのノーベル賞」と呼ばれるマグサイサイ賞を受けた。アンコール遺跡群を研究し「遺跡の保護と修復はカンボジア人の手でなされるべきだ」と25年にわたり人材育成に尽力した。

 両国には友好関係の土台がもう一つある。1992年9月、日本は国連平和維持活動(PKO)として初めてカンボジアに陸上自衛隊を派遣した。内戦で壊れた道路の補修や停戦監視にあたり、現地で「丁寧で心のこもった支援だった」と語り継がれている。

 PKO参加は戦後の日本外交の転換点だ。当時の社会党は「海外派兵法だ」と猛反対。国会で牛歩戦術をとり、所属議員が辞職願を出して抵抗した。

 あれから25年。自衛隊の派遣はモザンビーク、ゴラン高原、東ティモール、ハイチなどへと広がった。PKOへの参加を全否定する声は小さくなったものの、野党には海外派遣への慎重意見がなお強い。

 5月末に南スーダンから陸自の施設部隊が撤収し、PKOへの派遣は司令部要員の4人だけとなった。戦闘に巻き込まれる危険は確かに減った。一方、世界では120を超える国の約11万人の要員が平和構築のために汗を流している。

 自衛隊の元幹部は「日本が国連の旗の下でどんな貢献をすべきかという議論が国会でもっと必要だ。『危ないから行かない』『危なくなったから先に帰る』という姿勢でいいのか」と疑問を投げかける。

 戦後の安保政策の節目は4つ。1954年に自衛隊が発足し、92年にPKO協力法、99年に周辺事態法、そして2015年に安保関連法が成立した。野党第1党はその都度、真っ向から反対した。

 日本の野党は「護憲」と「自衛隊の役割拡大阻止」に多くのエネルギーを費やしてきた。国際情勢の変化をとらえ、政府と外交や安全保障で建設的に議論する機運はいまも乏しい。

 今回の衆院選で安倍晋三首相は北朝鮮の脅威と少子高齢化への対応を争点と位置づけ、自民党が国政選挙5連勝を果たした。首相は防衛力強化と9条への自衛隊明記を柱とする改憲の実現に動き出す構えだ。

 野党が候補者乱立で自ら墓穴を掘った面はある。しかし有権者の多くが野党の政権担当能力に不安を覚えたのも事実だ。外交や安保、税と社会保障改革といった重要課題について、野党は今後も明確な対案を示さないつもりだろうか。

 日本が新たな国際貢献を模索したPKOの25年と、政権交代が可能な野党勢力の結集を目指した25年は重なる。民主党政権の失敗は、掲げた理想と現実の政治の乖離(かいり)に最大の原因があった。

 万年野党でいいなら「一国平和主義」と「財源なき福祉充実」を叫ぶ選択もある。だがそうした時代錯誤の主張こそが、自民党に再び長期政権の座をもたらしつつある現実に野党は早く気づくべきだ。

(編集委員 坂本英二)



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